光と風のなかへ & 追憶の鉄路

秋寅の館






地方都市の衰退が叫ばれてから久しい

なかでも県庁所在地ではない都市の衰退が止まらない

丸亀の繁華街だった通町商店街も ほとんどの店がシャッターを閉じる



丸亀 通町商店街



されど地方の再生なくして 日本の発展を続かないだろう



丸亀 通町商店街



そんななか丸亀では 昨年 「シャッターをあける会」が設立されて活動を始めたという

幸い商店街には まちの駅として「秋寅の館」という建物もある



丸亀 秋寅の館



農機具や鍛冶など鉄を扱った秋山寅吉が大正末期から昭和初期に建てた商店だという

風格のある建物は 城歩きの帰りに立ち寄るにはちょうど良い場所にある

この秋寅の館の内部を充実させて 城から通町をへて駅に戻るコースを整備し

広く外に向けて宣伝していけば 活気も出てくるだろう



丸亀 秋寅の館



この町は よいものを持ちながら 外への発信力が苦手なようだ

丸亀城を起爆剤にして ぜひとも活力を取り戻してもらいたい

 


Panasonic GX8
愛媛県丸亀市
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/03/18(土) 17:28:22|
  2. 旅日記 香川県
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丸亀城 11 石垣の名城






丸亀城には野面積(のづらづみ)の石垣もある 搦手側を下城した南東の山麓だ

自然石を未加工で積み上げた野面積は 信長や秀吉の時代の城に多い積み方なので

古い時代の石垣と思われがちだが 予算や場所によっては江戸時代の石垣もある

丸亀城も 比較的均一の石が多く 土留めの予算を節約するために使用されたのであろう



丸亀城



この石垣を右手にみながら 西側に向かうと やがて広場に出る

このさきは城の山麓に沿って 野球場跡地の東(右)側へと道が続くが

あえて左方向にそれて野球場跡地の南側に沿って進む



丸亀城



やがて三段にそびえる石垣が頭上に迫る

最上段は本丸の西南隅櫓台 その下が三之丸の西南隅櫓台だ 

このあたりから北側は御殿跡となるため その堺となる空堀と土塁の痕跡もわずかに残る



丸亀城



御殿跡は南側に池のある庭園が設けられ 御殿は北寄りに建てられていた

その庭園付近 野球場の跡地にはいって振り返れば

石垣の名城と呼ばれる丸亀城の全景が見えてくる



丸亀城



大手側は樹木があるため三段に起ち上がる石垣の威容がわかりにくいが

城の西側となる野球場跡地に立つと その姿がとてもよくわかる

ただ野球場は昨年閉鎖され 今後は石垣修理の石材置き場になるようだから

いつまで立ち入れるかはわからないが このルートはぜひ残してもらいたいものだ

いろいろと反対運動もあるようなので 難しい面もあるのだが

もう少し樹木を伐採してくれたら 石垣の威容がより目立つだろう

野球場跡地の西側には土手がのびるが これは土塁の跡だ

外側は内堀となり 周辺が開発されるなかにあって ここだけが残った



丸亀城



ここもコンクリートを壊して本来の土盛りにすれば 雰囲気が出てくるたろう

この内側には 馬場が設けられていた

そのさき 外野センター付近からは 城の西側全景がながめられる

後方に天守がほんの少し姿をあらわしている

ここは丸亀城の石垣を一望できる一番のビューポイントだが 観光客はまず来ない

しかしそれはとてももったいないことだ 市立資料館もすぐ近くなので

将来的には 公園として整備し 多くの人に訪れてもらいたい



丸亀城



このあたりから北側にかけては 御殿があった場所となる

御殿は明治2年の火災で燃えてしまったが 跡地の一角には市立資料館が建つ

今回は耐震工事中で見学できなかったが 御殿の表門や番所などは残った

表門は門の脇柱と控柱の上に大きな切妻の屋根をのせる薬医門(やくいもん)型式で

山上の天守とあわせて 丸亀城のなかでも人気のビューポイントとなっている



丸亀城



丸亀城は 天守が残る12城のなかでも 知名度はやや低いようだ

しかし 石垣の名城と呼ばれるだけあって 城跡は石垣の芸術品ともいうべき威容を誇る

丸亀市も観光の起爆剤として整備に力を入れているので ぜひ一度 登城を勧めたい  




Panasonic GX8
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/03/17(金) 15:31:50|
  2. 旅日記 香川県
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丸亀城 10 山崎時代の大手石垣






城を見学されるかたの多くは 大手のルートから本丸に向かい そのまま同じ道を下城されてしまう

しかし 丸亀城を訪れた時は ぜひ反対側の搦手口に下城してもらいたい

たとえば 二之丸の搦手口を下りたら 右(西)に向かい さらに右折すると

三之丸に登る坂道が左手眼下に見えてくる



丸亀城



このため もと来たルートで帰りそうになるが

さらに三之丸を南に向かい 三之丸の搦手口を出て坂道をくだる



丸亀城



石段の道を少し下りて振り返ると かつては左手に多聞櫓が突き出すように築かれ

その右下に城門が設けられるなど このあたりが堅固に守られていたことをうかがえる



丸亀城



さらに もう少し下りて振り返ると 右上の石垣にそびえていた西南隅櫓が

このルートから登る敵兵に にらみをきかせていた



丸亀城



道はこの先で大きくカーブしながら下り 右折して搦手の虎口を出る



丸亀城


この虎口のあたりからながめる丸亀城は 圧巻のひと言だ



丸亀城



それもそのはず もともと丸亀城の大手は こちら側だった

寛永18年(1641)に藩主となった山崎の時代に築かれたもので

坂を登り切った場所が大手枡形となり 三之丸のほぼ中央に設けられた

それを 万治元年(1658) 新たな藩主となった京極が北に改めたのである 



丸亀城



虎口を出て右折すれば もともとの大手の石垣が頭上にそびえる

できれば こちら側からもう一度 登城してほしい

この搦手ルートは帰り道が遠回りになってしまうが それでも見逃すわけにはいかない 

丸亀城の素晴らしさは 山崎時代の大手側こあるのだ



Panasonic GX8
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/03/15(水) 22:55:47|
  2. 旅日記 香川県
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丸亀城 09 二之丸搦手口






本丸北側のハバキ石垣のさきには 二之丸の搦手口がある



丸亀城



はじめに紹介した東虎口と比べると 訪れる人は少ないが

天守直下に設けられていることもあって 本丸の石垣がそびえ なかなか圧巻だ

天守から多聞がのびて 右端の隅櫓が残っていたら さらに見事だったろう



丸亀城



ただ残念なことに 虎口周辺は 明治以降 丸亀に兵営を置いた陸軍によって

石垣の一部が取り壊され 改造されてしまった

もともとは石段を登って左折した先に門があり 手前(石段右側)の石垣はなかったようだ 



丸亀城



虎口の東側には 二之丸の西北隅櫓があった

ここの石垣は およそ12mほどあり 修理して積み直してある



丸亀城



このさきには二之丸の石垣が続き 東(右)にまがれば 二之丸の東虎口のところに出る



丸亀城




Panasonic GX8
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/03/14(火) 02:32:25|
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丸亀城 08 ハバキ石垣






本丸から虎口を出て ふたたび二之丸に戻る

ちょこっと左手に見える飯野山



丸亀城



讃岐富士とも呼ばれ 山頂には巨人おじょもの足跡があるという

山を作った巨人おじょも いったいどんな姿をしているのだろう


二之丸からさらに三之丸に戻って 南側にまわりこむ

二之丸の東南隅櫓の櫓台 さらに奥に南櫓の櫓台が見える



丸亀城



南櫓の櫓台 石垣はこの奥で少し内側にはいる



丸亀城



内側にはいる手前の石垣が二之丸の南西の隅になる

よく見ると 算木積みのライン(矢印)が残り 石垣を西側に少し拡張している

木々の奥に見えるのは 井戸である



丸亀城



井戸のある部分の石垣は 本丸の石垣である

石垣が二段になっているが 下段の石垣は ハバキ石垣といって

石垣が膨らんだ箇所が崩れないように 外側から押さえて保護したものである



丸亀城



ハバキ石垣は 本丸の南面と西面にあり 南面はおよそ30m 西面は40mある

もともとの計画にはなかったもので 山崎時代に築かれたものだ

慶安2年(1649)に三之丸坤櫓の石垣や櫓が破損していることから

これを契機に本丸の石垣も補強したのではないかと推察されている

石垣上に建物があったことから 解体修理がおこなえず

次善の策として考え出された 江戸時代の石垣保全の方法である 



丸亀城



観光客のかたは こちらまで来ないかたも多いが

丸亀城を訪れたときは ぜひ見学してほしい




Panasonic GX8
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/03/10(金) 00:59:32|
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丸亀城 07 天守






本丸の北面中央部に建つ 丸亀城の天守(重要文化財)

現存する12天守のうち もっとも小さい天守だ



丸亀城 天守



されど 見せるための工夫が随所に見られる

まず 幅が長い南北の面を妻面とすることで 入母屋破風を大きく高く作る

さらに南北には唐破風 東西には千鳥破風を設けて装飾し

各層の幅を少しずつ小さく作るなど 小さいながらも美しい天守に仕上げている



丸亀城 天守(三重櫓)



いまは西側を除いて 一階の下半分は下見板張りに作るが

もともとは西側も多聞櫓との接合部を除いて 下見板張りだったのだろう

さらに二階も 下見板張りであった可能性が高い

そうなると また少しイメージがかわるかもしれない

北面三階は大型の木製格子窓にして 城下側からの見栄えをよくしている



丸亀城 天守



内部一階は 東西41m 南北49mほどで 上階へは急階段を登る



丸亀城 天守



防火上 二階三階には照明設備がなく 薄暗い

そのうえ二階は 窓が少ないため かなり暗い

もっとも そのぶん電球がなかった時代の雰囲気は感じとれる



丸亀城 天守



北面一階には引き戸の狭間を設け 二階三階には隠し狭間を設けてある



丸亀城 天守 鉄炮狭間



三階からは眼下中央に大手枡形が見え 彼方には瀬戸内海が広がる

ただ 築城当初は すぐ下まで海が広がっていた

大手が当初 反対の南側に作られていたのも こうした地形に影響されたのだろう


 
丸亀城下



天守は山崎の時代に築かれ 京極が藩主となった万治3年(1660)に完成した

四国に残る四天守のなかでは もっとも古い天守となる



丸亀城 本丸



いまは本丸に独立した形で天守だけが残るが

かつては両脇に多聞櫓があって 隅櫓や渡櫓と連結していた

このため丸亀市は 往時の姿を復元しようと古写真を収集しているが

なかなか明確な写真は得られないようで 復元は難しい状況だ

それでもいつか壮観な姿がよみがえることを期待したい




丸亀城 本丸




なお 天守のことを 天守閣と呼ぶかたが多いが この呼称は明治以降に広まるもので

信長 秀吉 そして江戸時代の呼称は 「天守」となる 


ところで 民進党の笠浩史が中学校の教科書において

聖徳太子の名前を厩戸王に書き換えることを問題視して文科相を追及

「歴史に対する冒涜」だと反発している 

しかし それこそが歴史への冒涜だろう

みずからの無知をさらけ出していることにも ご本人は気づかないらしい

それよりも追及すべき問題があるのでは と思ったが 彼は日本会議のメンバー

それじゃあ 森友学園問題 追及できないよね




Panasonic GX8
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/03/09(木) 00:23:06|
  2. 旅日記 香川県
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丸亀城 06 二之丸






写真の右側の道を登って三之丸にはいると 

右側に二之丸の虎口(こぐち=入口)が開き 二之丸の石垣が連なる



丸亀城 三之丸



これまでの高石垣とは違って 石垣は低くなるが 虎口の作りは堅固である

ただし 絵図によれば 石垣の間に城門は作られなかったらしい



丸亀城



石垣の間をはいると すぐに左折して坂を登る

もとはゆるやかな階段になっていたのだろう 



丸亀城 二之丸虎口



登り詰めたところで右折して 二之丸にはいる

ここには櫓門が築かれていたから これを打ち破るまで 絶えず頭上から攻撃される



丸亀城



櫓門をぬけると 石段があり 二之丸となる

ふり返えると 櫓門 その両脇には長屋の形をした多聞櫓がのびていた



丸亀城 二之丸



左手方向を見ると 多聞櫓の北端に櫓台がある

二之丸はここを含めて多聞櫓で囲まれて 四基の櫓で守られていた 



丸亀城 二之丸



二之丸には 深い井戸が掘られている

深さは絵図によると65mもあったといわれ いまも水をたたえている



丸亀城 二之丸井戸



丸亀城のなかでもっとも高い場所にあり こんな伝説も残る

石垣を築いた羽坂重三郎が敵に通じるのを恐れた殿様は

羽坂が井戸の底にはいっている時に 石を落とさせて殺したというのだ

ツッコミどころ満載の話で もちろん史実ではない

人柱伝説といい 城にはよくある伝説だが

同じ作るなら もう少しリアルにしなければ 嘘がみえてしまう  



丸亀城



最高所となる本丸は 二之丸の西側に築かれ 南に向いた虎口からはいる

ここにもかつては櫓門が築かれていた



丸亀城 本丸虎口



直進して左折して本丸にはいるが 右手に小さな天守が迎えてくれる

もっとも敵兵ならば 天守から攻撃されることになる



丸亀城 天守




Panasonic GX8
2017.2.22. 撮影



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  1. 2017/03/08(水) 00:46:20|
  2. 旅日記 香川県
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