光と風のなかへ

今年も感謝をこめて






今年も「光と風のなかへ&追憶の鉄路」をご覧いただき

まことにありがとうございました

今年は大切な家族を失い 悲しみの一年になりましたが

仕事面では大きな成果を得た一年でもありました

そんな悲喜こもごもにいたった2015年も

あと5時間ほどで 除夜の鐘が鳴りはじめます

みなさまにとって新しい一年が

光輝くよき年でありますように




2015年




光と風のなかへ&追憶の鉄路





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  1. 2015/12/31(木) 19:00:42|
  2. カメラ日記
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グランツリーでおかいもの♪






お買い物♪ お買い物♪

西武・そごう冬市の「おかいものクマ」

もしかして このCMは 関東圏だけかな




武蔵小杉グランツリー  おかいものクマ




この日の昼食は グランツリーでのお買い物ついでに

リンガーハットで長崎ちゃんぽん

数量限定の「あんかけ」を注文したが とろみがまったくない

ふつうのちゃんぽんなら 増量無料だったのにと ちょっと失敗




武蔵小杉グランツリー リンガーハット




そのグランツリーも まもなく二度目の新年

最近は「ムサコマダム」を狙ったサービスをはじめたようだが

ムサコマダムって どんなマダムだ?

どうひっくりかえっても ここ武蔵小杉だから

「マダム」という雰囲気じゃないよね

もっとも「既婚女性に対する敬称」だから

間違っているわけはないが

そう呼ばれて嬉しい女性 いるのかな




武蔵小杉グランツリー




Nikon
グランツリー武蔵小杉
2015.12.28.撮影

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  1. 2015/12/30(水) 18:55:45|
  2. カメラ日記
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冬の駅前広場






武蔵小杉 駅前広場




今年も あと3日だ




Nikon
武蔵小杉
2015.12.28.撮影

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  1. 2015/12/29(火) 02:21:44|
  2. 街の日記
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旧型電気の三重連






30年前の1985年3月3日

新宿駅100周年の記念行事として

EF15の三重連が運転された

旧型電気の三重連

大型パンタが6個も起ち上がり

蒸気とはまた違った魅力があった




新宿駅100周年 EF15三重連 回送




写真は 始発の新宿駅に向かう回送列車

背後の緑は 明治神宮

自宅近くのビルから撮影したものだが

今ではすっかり景観がかわってしまい

この角度からはもう撮れなくなった



山手貨物線 代々木-原宿
1985.3.3.撮影

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  1. 2015/12/28(月) 01:50:15|
  2. 栄光の日本国有鉄道
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大砲か マイクロか






先日 ようやくNIKKOR 200-500mm f/5.6Eを試写できた

秋に発売されて 評判の高い 人気の望遠ズーム

しばらく品薄だったが 少しずつ流通しはじめたようだ

ただ 第一印象は デカイ! まるで大砲だ

そのうえ15分ほど持つと 重さがじんわり腕に伝わってくる

これを1日振り回していたら 間違いなく翌日は筋肉痛だ

店員さんの「いまなら2本在庫があります」の声に

思わず「下さい」と言いかけたが まもなくニコ爺となる年齢

40代なら即買いだったが このデカさと重さ どれだけ出番があるか

ふと 冷静になって 思いとどまった

還暦すぎたら 望遠系はマイクロフォーサーズなのかな 




夜空




Nikon Df AF-S NIKKOR 16-35mm f/4G ED VR
2015.12.22.撮影

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  1. 2015/12/27(日) 02:26:24|
  2. カメラ日記
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Merry Christmas ♪






Merry Christmas ♪




クリスマスツリー 渋谷ヒカリエ




昨夜は不覚にも大失態

頼まれていたケーキを買い忘れた!

しかも 「あれ ケーキは?」と言われてはじめて気がつく始末

このため はじめてのケーキなしのイブ もちろん家では大ひんしゅく

きょうは何度も頭に反復させて 並んで買ってきました

サンタさんの後ろ側にも 大きなイチゴが二つ




クリスマスケーキ いちごの樹




それにしてもクリスマスのケーキ売り場も

けっこん混んでいるんだね



渋谷ヒカリエ
FUJIFILM X20
2015.12.7.撮影
Nikon Df
2015.12.25.撮影

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  1. 2015/12/25(金) 23:36:31|
  2. イルミネーション・聖夜
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追憶の鉄路 特別編 時が止まっ日






1975年(昭和50)12月24日21時10分 夕張

明治の開業以来 日本中を走りまわってきた蒸気機関車が

最後の貨物列車を牽引して長い汽笛とともに発車した

列車番号6788レ 牽引機 D51 241

それは蒸気を追いかけてきた多くの若者たちの

青春の輝きが燃え尽きた時でもあった


思い起こせば 蒸気を追いかけはじめたのは中学1年のときだった

大宮機関区を起点に 佐倉機関区 八高線 川越線 総武本線をへて

中学2年の夏休みには単身で九州に ついで真冬の北海道に渡った

それからというもの 学校が休みの間は いつも蒸気と共にいた

授業中も ノートの片隅に次の撮影プランを綴っていた

終業式が終わると すぐにアルミのカメラバックとショイコを背負い

三脚をかかえて蒸気機関車を追いかけて北へ南へ

安い周遊券を買い 宿泊はいつも駅の待合室か夜行列車

若さゆえに出来た 無謀な旅だった

そのなかで出会った素晴らしき蒸気機関車たち


C62の重連で北の大地を驀進する急行「ニセコ」

その勇姿を求めて 何度 北の大地に渡っただろうか

「ニセコ」とともに過ごした日々 それはぼくの青春だった



蒸気機関車 函館本線

函館本線 急行「ニセコ」3号 103レ 1971年(昭和46)3月25日 撮影



たちのぼる煙 山々に響くドラフト

キューロクがいた冬の常紋は ぼくらの心を惹きつけて離さなかった




蒸気機関車 石北本線

石北本線 金華~常紋信号所 1970年(昭和45)12月28日 撮影




機関車中心の構図に変化が生まれたのはいつからだろう

日常のなかの鉄道 それがいつしかぼくの大切なテーマになってたいた




蒸気機関車 留萌本線

留萌本線 増毛 1974年(昭和49)4月1日 撮影



美利河 と書いて ピリカとよむ

その美しい響きに誘われて降り立った 春まだ遠き北の大地




蒸気機関車 瀬棚線

瀬棚線 美利河~花石 1974年(昭和49)3月21日 撮影



海からの風を受けながら ただひたすら汽車がくるのを待った五能線の冬

その寒さは厳冬期の北海道よりも厳しかった




蒸気機関車 五能線

五能線 1971年(昭和46)1月5日 撮影



汽笛も凍る吹雪の花輪線 龍が森の冬

機材も腕も未熟だった中学生には 三重連はうまく撮れなかった




蒸気機関車 花輪線

花輪線 龍が森 1970年(昭和45)12月下旬 撮影



だから 翌年の秋 もう一度 彼らに会いに行った




蒸気機関車 花輪線

花輪線 龍ヶ森 1971年(昭和46)9月24日 撮影




豪雪地帯を走る米坂線は猛吹雪

雪だるまになって汽車が来るのを待った




蒸気機関車 米坂線

米坂線 宇津峠 1971年(昭和46)1月6日 撮影




秋色に染まった山々

その間をぬうように汽車がゆく 会津の秋 日本の秋




蒸気機関車 会津線

会津線 会津宮下~早戸 1973年(昭和48)11月7日 撮影




日曜日になるたびに通った八高線

そこはぼくのカメラの修行の場でもあった




蒸気機関車 八高線

八高線 金子~東飯能 1969年 撮影



小淵沢の大カーブをゆっくり登ってきた高原のポニー

彼らに会いに何度 新宿からの夜行列車に乗っただろうか




蒸気機関車 小海線

小海線 小淵沢~甲斐小泉 1972年(昭和47)5月7日 撮影





美しい瀬戸内海の海をながめがら汽車を待った日

まさかこの沿線が30年後に大切な仕事場になるとは

10代の頃はは思いもつかなかった




蒸気機関車 呉線

呉線 安芸川尻~仁方 1969年(昭和44)夏 撮影



はじめての九州 そこはまだ煙が何本もたちのぼる蒸気天国だった

ぼくは父に借りたカメラで夢中で写真を撮りまくった




蒸気機関車 若松機関区

若松機関区 1969年(昭和44)8月 撮影



雄大な大畑ループを 補機の力をかりながら一歩一歩

大地を踏み固めるようにのぼってきた蒸気機関車たち




蒸気機関車 肥薩線

肥薩線 大畑~矢岳 1970年(昭和45)夏 撮影



渾身の力をふりしぼって峠にのぞむその姿は

いつも心の支えだった


彼らが現役から退いて きょうで40年

銀箱をかついでいたスリムな少年も

いつのまにかおなかが出たおじさんになってしまった

それでも彼らたちは いまも心のなかで走り続けている 

すばらしき蒸気機関車たち


最終列車の見送りは 行くか行くまいか ぎりぎりまで迷った

おそらくたいへんな人出だ 静かに想い出にひたる余韻などないだろう

なにより最後の汽笛を聞くことが とてもつらかった

そんな複雑な想いから 海を渡らなかった 

蒸気の時代が終わることを認めたくなかったのだろう

だから最後の汽車の写真はない

ぼくにとって北の大地を走る最後の機関車は

留萌本線のD61となった




蒸気機関車 留萌本線

D61 4 留萌本線 峠下~恵比島 1974年(昭和49)4月1日 撮影



そのかわりぼくが撮影してきた数多くの写真のなかから

集大成ともいうべき一枚を紹介しよう


田川線伊田駅で停車中の29692のキャブで

業務日誌を記録する機関士を写した一枚だ




蒸気機関車 田川線

田川線 伊田駅 1974年(昭和49)12月2日 撮影



ぼくらの青春が輝けたのも 鉄道を動かし守ってきた

たくさんの機関士をはじめ 国鉄職員がいたからだ

このあたり前のことに気がついてからは

機関士や駅員を意識して撮影してきた


蒸気が牽引する最後の列車が走った40年後の今日

あらためて当時 お世話になった国鉄職員のおじさんたちに

感謝の気持ちを込めて この一枚を送りたい






谷村新司 「花束 -最後の汽笛-」  汽笛が鳴ったあとにも歌は続きます



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  1. 2015/12/24(木) 21:10:00|
  2. 追憶の鉄路 9600
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