光と風のなかへ & 追憶の鉄路

追憶の鉄路 小沢のキューロク






1970年の冬 はじめて渡った北海道

最初に降り立った駅は函館本線の小沢だった

外は先が見えないほどの猛吹雪

構内で発車を待つキューロクを見つけたぼくは

荷物を待合室に放り出して雪のなかに飛び出していった




蒸気機関車 函館本線




気がつけば ぼくは雪だるまになっていた



79615 972レ
函館本線 小沢~倶知安
1970年(昭和45)12月23日


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2012/01/25(水) 20:39:17|
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  3. | コメント:4
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コメント

上り列車としての露払い役・792レ

前回に引き続き、C62重連牽引の上り急行「ニセコ1号」(104レ)の露払い役である、岩内線乗り入れの貨物列車の牽引機である倶知安機関区配置のキューロクの写真ですが、前回が、下り列車としての露払い役である岩内駅行きの793レの牽引機であったのに対して、今回は、104レと同じ上り列車としての露払い役である、岩内線から倶知安駅に戻る上り貨物列車792レの牽引機ですね。

この792レですが、『Rail Magazine』誌の名取編集長のブログ『編集長敬白』の2005年8月15日付の記事でも、カラー写真で紹介されていました。

http://rail.hobidas.com/blog/natori09/archives/2005/08/post-62.html


この記事によれば、倶知安機関区配置のキューロクの岩内線乗り入れの運用は2仕業あり、そのうち、4時12分に倶知安駅を出て5時34分に岩内駅に到着し、岩内港に水揚げされた鮮魚を積んで9時15分に岩内駅を発車し、10時44分に倶知安駅に戻る貨物列車牽引の仕業(A13仕業)のうちの上り列車の方が、この792レであったようです。
しかし、104レの倶知安駅到着が12時01分であったことから、104レの上り列車としての露払い役とはいっても、104レの1時間以上前に小沢-倶知安間を通過したということになりますね。

例の記事にも書いてありましたが、この当時、792レが小沢-倶知安間を通過する時間帯には、煙の流れる方向を確認する者、三脚の雲台の角度を調節する者、ただ露出だけ計る失敬な者などと、792レの撮影には目もくれず、本命の千両役者であるC62重連の104レを好条件で撮影するための準備に追われる鉄道ファンも少なくなかったようですね。
  1. 2012/01/26(木) 11:29:33 |
  2. URL |
  3. 荒野の素浪人 #rTSe1jAk
  4. [ 編集 ]

荒野の素浪人さんへ

コメントありがとうございます (^^)

ハイ、名取さんが紹介しているように、A13の戻り貨物が792レになります。
104レを撮影するための練習に使われていましたが、それは雪のない季節の話で、真冬は途中で遭遇するほうが多かったでしょうか。
長時間、雪山にうずくまっているのは辛いですものね。
  1. 2012/01/26(木) 18:43:46 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

極寒

厳冬の北海道の感じが伝わりますね。
今日の志賀高原は、-17℃と極寒の世界でしたが、今は比較的装備がいいので耐えられますが、この当時の装備だと堪えたでしょうね。
  1. 2012/01/26(木) 21:31:59 |
  2. URL |
  3. 枯れ鉄@志賀高原 #-
  4. [ 編集 ]

枯れ鉄さんへ

コメントありがとうございます (^^)

志賀は-17℃ですか。
外には出たくない温度ですね。
もっとも北海道の占冠は-31.4℃だったそうですから、それからくらべると暖かいですね(^^)
むかしは-20℃があたりまえの常紋でも耐えられた体ですが、いまではヒトケタ台の東京の気温もこたえます。
その点、枯れ鉄さん、お若いなあ。
ぜんぜん枯れていないですよ(^^)
  1. 2012/01/26(木) 22:52:26 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

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