光と風のなかへ & 追憶の鉄路

追憶の鉄路 40年前の「今日」へ






40年前の「今日」 3月28日

ぼくは前夜に「大雪5号」に乗車して ふたたび網走へ

このころは宿代を節約するために夜行列車が定宿だった

なかでも札幌と網走を結ぶ「大雪」には何度宿泊したか

10代だからこそできた ちからワザだった


網走駅の湧網線の運転事務室で貨物運行を確認し

8:15発の普通924Dに乗車して サロマ湖沿いの計呂地へ

湧網線のキューロクは 1日2本の1990レと1991レ

撮影効率はとっても悪いが それ故にファンも少なく

美しい風景のなかで のんびりと撮影できた最高の鉄路だった




蒸気機関車 勇網線

ここをクリックすると大きなり写真になます


きのうも、いいね!クリック ありがとうございました
40年前の「今日」 一部では好評のようなので もう少し続けます
きょうの写真は 以前アップしたコマとコマのあいだのカット
撮影効率は悪い路線でしたが 沿線風景がすばらしい路線でした
東京は桜も開花したので ところどころに桜だよりも織り交ぜていきます
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湧網線 69620 1990レ
1974年(昭和49)3月28日 撮影
Canon FT


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/03/28(金) 01:53:31|
  2. 追憶の鉄路 9600
  3. | コメント:2
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コメント

まこべえさん、
はじめまして。読者のものです。
シリーズ【40年前の「今日」へ】は良いですね。楽しんでいます。
現役蒸気の美しいモノクロームの画は、何度見ても飽きません。
小生も、この時期、春浅き北海道を夜行を定宿にして回るのが恒例でした。
湧網線のこの場所にも行きましたが、本当に美しい路線でしたね。
この近くのサロマ湖をバックに望める丘が、小生のお気に入りでした。
春休みもそろそろ終りが近いので、このシリーズももうすぐ終りですかね。
  1. 2014/03/28(金) 13:10:12 |
  2. URL |
  3. こあらま #OKAlKS9E
  4. [ 編集 ]

こあらまさんへ

こあらまさん、はじめまして。

40年前の「今日」へ、をご覧になって、当時の想い出とともにコメントをお寄せいたき、とても嬉しく思います。ありがとうございます。
あのころの夜行列車は、蒸気ファンの定宿でしたね。
道東で撮ったら道央へ、そしてまた道東へ、時には抜海に赴いたり、箱館に出撃したりと、何連泊もしながら蒸気を追い続けたものです。
旭川のように終日待合室が開いていた駅もあって、貧乏旅行にはありがたい時代でした。
とくに冬場は、夏の観光シーズンと違って、ボックスを独占できたので、「大雪」の直角椅子でも、よく眠れました(^^)
ただ、車内が暖かいので、寝過ごしそうになったことも何度かありました。
実は、40年前の「今日は」は、旭川(3:20着)で下車する予定が、なんと寝過ごしてしまいました。
それでも予定をかえて撮影を続けられたところが、北海道の現役蒸気の強みでしたね。

もっとも、このころは、出来るだけファンがいない線路を選んで撮影していました。
湧網線も、そのひとつでしたが、1日2本とはいえ、それでも惹きつける魅力がありましたね。
ただ、運休の時も何度かあったので、なかなか思うように撮影できず、結局、計呂地周辺でしか撮影できなかったのが、今となっては心残りです。
そのうえ、いまは廃線になってしまい、とても残念です。

なお、この春は、4/1まで北海道を放浪していましたので、このシリーズも、あと少しで終了です。
ただ「追憶の鉄路」は、1か月に1度程度の割合で更新していきますので、また懐かしいコメント、ぜひ、お寄せ下さいませ♪
  1. 2014/03/28(金) 21:28:50 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

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