光と風のなかへ & 追憶の鉄路

追憶の鉄路 急行「あき」






かつて東京と広島の間を

16時間15分かけて結ぶ列車があつた

列車番号37レ 寝台急行「安芸」

東京を20時ちょうどに発車した列車は

東京機関区のEF58に牽かれて夜の東海道をひた走り

朝の山陽道を駆け抜けて 10時すぎに糸崎に到着

ここで東京からの機関車を 蒸気機関車につけかえて

三原から呉線にはいり 波光きらめく瀬戸内海を見ながら

竹原 仁方 呉を経由して 終着駅 広島をめざした


この呉線を担当した機関車こそ

往年の特急牽引機 C59とC62だった

当時の呉線は大型蒸気の最後の牙城だった


中学生だったぼくは 蒸気が牽く「あき」に逢いたくて

父から借りた古いカメラをもって 一人 西に向かった

いまからもう45年も むかしのことだ


瀬戸内海の青い海をバックに青い編成の列車を撮りたい

そんな思いをいだいて呉線の沿線に降り立ったものの

いまと違って撮影場所の情報などはわずかなもので

ひたすら自分の足と目で探さなければならなかった


安芸川尻と仁方の間なら海岸線に沿って走るので

どこかに良い場所があるかもしれない

そんな期待を持って歩き進めたものの

列車を綺麗におさめる良い場所がなかなか見つからない

さてどうしよう 途方に暮れていた頃 大きな岩場を見つけた

あそこなら 編成が綺麗に収まるかもしれない

そう思って登ったものの 今度は海が僅かしかはいらない

しかし これ以上探しても 良い場所は見つかりそうもない

ぼくは あきらめて ここで「あき」を待つことにした

右手には 青く静かな瀬戸内の海が広がり

時折 船のエンジン音が聞こえてくる

そんな時間がゆっくりすぎていくなかを

急行「安芸」を従えてC62がやってきた

煙こそなかったが 優等列車を牽く蒸気は誇らしげに見えた




蒸気機関車 呉線




あの日から 30年ほどすぎた夏の日

ぼくは 久しぶりに呉線に乗って海をながめていた

風景は大きくかわり 客車は電車にかわっていたが

瀬戸内海の美しさは 昔のままだった


そしてその夏から ふたたび ぼくの呉線通いがはじまった

ここが ぼくの大切な仕事場になったからだ

いまも想い出残る駅に降り立つと ふと立ち止まって

父のカメラをもった あの頃のぼくを探す自分がいる

そんなとき 心のなかに C62の汽笛が響きわたる



C6237 急行「あき」
呉線 安芸川尻~仁方
Minolta35 50㎜f/2.0
1969年(昭和44)夏休み

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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/09/11(木) 00:22:10|
  2. 追憶の鉄路 C62
  3. | コメント:4
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コメント

今も、

呉線の写真を見ると、今も鮮明に蘇る、中三の時の記憶。
行かせてもらえなかったwwwww
鉄道ファン撮影地ガイドの表紙になっていたポイントでしょうか。
行ったことがないのに、見慣れた風景(笑)
  1. 2014/09/11(木) 12:36:59 |
  2. URL |
  3. 枯れ鉄 #-
  4. [ 編集 ]

枯れ鉄さんへ

枯れ鉄さん、コメントありがとうございます (^^)

まこべえは、このころから早くも放浪の旅に出ていましたので、呉線の大型蒸気にも会えましたが、電化工事前のギリギリセーフの状況でした。
鉄道ファンの撮影地ガイドとは、おそらくこの写真を撮影した年の秋に発売された「鉄道ファン」103号の「蒸気機関車撮影地ガイド」のことかと思います。
手元にあるので調べてみたら、なんと表紙はすでに破れて欠落。
しかたなくネットで探したら、写真が出ていました。
おっしゃる通り、シロクニ牽引の急行「あき」の写真ですが、後方の山の形から、おそらく小屋浦で撮影したものと思われます。
ちなみに、この号では、呉線の天応付近が地図入りで紹介されていました。
この頃から、こうした撮影地ガイドと列車ダイヤを載せた本が登場してきて、参考になりましたね。
本屋で見つけては、今度は、ここに行こう、ならば旅程をどう組もうかと、勉強そっちのけでいつも考えていました(^^;
その頃、枯れ鉄さんは、学校から梅小路が見えていたわけで、呉線に出かけられなくとも、綺麗なカマを毎日見られて、それはそれで羨ましい話です。
京都周辺は、九州方面への通過地点になつていたので、結局、保津峡や福知山周辺しか行けず、それがいまとなっては、心残りです。
  1. 2014/09/11(木) 17:01:15 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

ヘッドマークのシロクニ

まこべえさん、こんにちは。
カラーの「安芸」ですね。懐かしの10系完全寝台編成。誇らしげにオロネも2両付いています。やはり、呉線を含む山陽線と常磐線はC62の故郷です。ニセコの爆走も凄いですが、優等列車を引いてゆったり瀬戸内を走る姿が本来の姿かもしれませんね。
小生も職業上の集まりの講師として呉に毎年通っていた時期がありました。電化後の呉線はよくある近郊線の趣で、C59/C62が行き交っていた時代の名残を見付けるのも難しい感じでした。小屋浦の隣にはカタカナ名の駅ができていますね。
先日は、安芸のヘッドマークの件で横から口を挟んでしまいすいませんでした。まこべえさんには教えてもらいたいことがたくさんありますので、これからもよろしくお願いします。
ところで、もう一つのC62のヘッドマークといえば常磐線の「ゆうづる」ですが、こちらもC62を意識してデザインされたと言われています。ただし、こちらは寝台特急用としての正調版です。C62ゆうづるの20系編成も見たかったものです。さすがに小学生には平は遠すぎました。
  1. 2014/09/11(木) 17:50:26 |
  2. URL |
  3. こあらま #fgaWhaO6
  4. [ 編集 ]

こあらまさんへ

こあらまさん、コメントありがとうございます (^^)

急行「安芸」、先日のアンギュロンさんの写真に刺激されて、アップしました。
おっしゃるように、ニセコの爆走は、それはすさまじい迫力でしたが、優等列車を牽いて瀬戸内を走るこの姿こそ、本来のシロクニの走りなのでしょうね。
朝の長い通勤列車を牽引するシロクニとは、また違った風格がありました。
晩年はヘッドマークがついて、嫌ったかたもいらっしゃたようですが、子供だったぼくには、かつての特急機を彷彿させるものがあり、とても魅力的に見えました。
当時、徳山に伯父さんがいたため、親も一人旅を許してくれたのですが、おかげで良い想い出ができました。

シロクニ牽引の「ゆうづる」は、さすがに小学生では、平まで行けませんでしたが、あと1年ほど電化が遅れたら、チャンスもあったのにと思うと、残念でなりません。
それでも「安芸」に会い、大畑ループやニセコも見られたのですから、それも贅沢なぼやきかもしれませんね(^^;

ところで、こあらまさんも、呉に通われていたとのこと。
呉というと、あのお仕事なのかな、それとも、技術系のあちらのお仕事なのかな。
まこべえは、尾道から呉あたり、そして今治方面までが仕事場なので、呉線の沿線は、何度も通い、周辺を歩きました。
じゃがいも畑に登った時など、線路と海が一望できて、この場所、当時知っていたら最高だったのになあ、なんて悔しい思いをしたこともあります。
どうしても、当時の思いを重ねて見てしまいますね。
また近々、呉線に乗りに行く予定ですが、駅も無人化され、電車の色も、なんとも味気ない色になってしまったので、寂しいものがあります。
せめて、瀬戸内海にふさわしい、明るいイメージに塗り直してくれると良いのですが。

先日のヘッドマークの件では、ご指摘ありがとうございました。
おかげさまで記憶の誤りを正すことができました。
これからもいろいろとご教示いただけるとありがたく思います。
これからも、どうかよろしくお願いいたします。

追記
E-M10、購入されましたか。
ご存知かもしれませんが、まもなくPanasonicからGM1の後継機とみられる機種が発売されるそうです。
今度は、EVFつきとのことで、使い勝手も、グッとよくなるようですから、いま少し待って見るのもよいかもしれませんね。
  1. 2014/09/11(木) 20:01:53 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

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