光と風のなかへ & 追憶の鉄路

追憶の鉄路 厳寒の峠越え






名寄本線 天北峠 

夕闇が近づく厳寒の峠道を

キューロクが背中合わせで登ってきた




蒸気機関車 名寄本線




蒸気を追いかけて一人で放浪していたあのころ

家を飛び出したら 帰宅するまで連絡しなかった




国鉄 周遊券




まだ中学生や高校生だったにもかかわらず

どこにいるのか 生きているのかさえ わからずじまい

ずいぶんと親には心配をかけたものだ




国鉄 周遊券




それでも遠征費の足しにしろと 父はときおり軍資金を出してくれた

おかげで いつものなら急行の直角椅子に揺られる旅が

いきなりブルートレインにかわることもあった




特急寝台券

特急寝台券

特急寝台券




その父親 このところ比較的落ちついた日々が続いているが

ほとんど寝ている父の横顔をながめていると

なぜかあのころの想い出がいくつも浮かんでくる


最近は別れ際に手を軽くあげることもできず

すべてのエネルギーを生きるためだけに費やしているようだが

そのおかげか 一年でもっとも忙しいこの時期を

何事もなく乗り切ってくれたことが なによりありがたい


あと少しで河津桜も咲きはじめる

桜満開の季節まで穏やかな日々が続くことを願いたい




名寄本線 一の橋~上興部 1963レ
ネガが見当たらないため写真からスキャン
1972年(昭和47)12月25日 撮影

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  1. 2015/02/08(日) 02:36:04|
  2. 追憶の鉄路 9600
  3. | コメント:8
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コメント

物持ちいいですね

当時の切符を私同様、まだ持ってられますね。
途中下車印の一つ一つに思い出があるのではないでしょうか。
周遊券が9,300円だったのですね。
特急寝台の2,500円がすごく高かった時代ですね。
中学や高校生だと、これを我慢すればもう2日滞在できるくらいのイメージだったような。
  1. 2015/02/09(月) 12:49:03 |
  2. URL |
  3. 枯れ鉄 #V5TnqLKM
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同じです

>家を飛び出したら 帰宅するまで連絡しなかった……
母に10円分でいいから電話するように言われてたけど。

>遠征費の足しにしろと 父はときおり軍資金を出してくれた……
あははっ、くろくまはいつもせびっておりました。

父は90歳となり、昨年実家を離れ介護ホームに入所しました。
年末には調子を崩して入院、「その日」も近づいているのでしょう。
まこべえさんとお父さまが平穏にお暮らしに、と祈っております。

周遊券の下車印がしぶいなぁ。
計呂地、川湯、塩狩、南稚内、美利可、門静、落石、沼ノ沢……
スタンプに手書きのスパイスの付いた寝台券も宝物ですね!
  1. 2015/02/09(月) 20:35:17 |
  2. URL |
  3. くろくま #uRLT.2RM
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親のありがたみ

初めて八高線に汽車を撮りに行こうという時、カメラの使い方を教えてくれたのは親父でした。初めて冬の北海道に行こうという時、母親は「危ない」「行くな」ばかりでしたが、父親は「天気の急変には気を付けろ」と一言言って、軍資金をくれました。そんな親父を送ってから10年以上が経ちました。小生の場合は突然でしたので、残念ながら何も言ってやれませんでした。

懐かしいキップばかりですね。周遊券の下車印が増えるのが勲章のようでした。そうそう、中に「あかつき1号」の特急券・寝台券がありますね。奇遇ですね。小生の昨夜の記事の中にもその記載があります。
  1. 2015/02/09(月) 20:43:09 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
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辛いですね・・・

母が癌の手術をした挙句ステージ4と診断されたものの、術後1年以上生き永らえました。
その間抗がん剤治療を続けてましたが味覚が変わったり最後の緊急入院時はほとんど食べ物を受け付けない状態でした。
いや、それ以前もふたくちみくちがいいところでした。
そういう母を見てるとせつなくなってしかたなかったし、元気なときに孝行しておけばよかったとどれだけ悔やんだことか・・・
それでも抗がん剤をやめてしばらくしてからは食欲が出て、姉のいる山梨へ行き温泉三昧を楽しんでました。
きっと多摩川の早咲き?河津桜をまた見ることができるでしょう~~~
新丸子駅前に去年植栽された桜ももう少しすれば開花するでしょうしね~~~
  1. 2015/02/09(月) 21:45:10 |
  2. URL |
  3. freecat2828 #hdScUxTA
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枯れ鉄さんへ

枯れ鉄さん、コメントありがとうございます (^^)

あのころの切符は、まさに青春の軌跡、お金では買えない、大切な宝物ですね(^^)
このほかにも記念入場券やオレンジカード、さらには駅弁の包み紙まで保管しています。
追々このブログでも紹介していきますね。

おっしゃる通り、あの頃は2,500円もあれば、駅寝で、2日は長く滞在できました。
ただ、この軍資金、用途がある程度決められていました。
父親の考えでは、出撃前に体力を消耗するな、あるいは体力を使い果たして帰る時ぐらいは、楽して帰れ、という配慮からなのか、たいていは特急券を買え、と言われてもらっていました。
ある時など、特急寝台券いるか、と言って買ってきてくれたこともあります。
もっとも、ブルートレインはあこがれの列車でしたから、それはそれで嬉しいプレゼントでした。
そんな「ゆうずる」「あかつき」「きりしま」も、いまはみな廃止されてしまったので、それじたいが、今となってはよき想い出です。
改めて見ると、「きりしま」の発券が水道橋になっています。
あのころ、学校が終わると、柔道を習いに水道橋にある講道館に通っていたので、その帰りにでも買ったようです。
なにげないところにも、想い出がつまっています(^^)

  1. 2015/02/09(月) 23:11:17 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
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くろくまさんへ

くろくまさん、ご心配いただき、ありがとうございます。

あのころ、ぼくらが好きな蒸気を追いかけていられたのも、親のおかげでしたね。
ただ、そんな親の心配をよそに、鉄砲玉のように家を飛び出したら、もうそれっきりでした。
母親には、いまどこだよ、の一言でもいいから電話してこい、とよく言われたものです。
そんな親不孝ものが、私一人ではなく、お仲間がいてくれて、少し安心しました(^^;

1枚目とは異なる2枚目の周遊券の下車印の駅名、よくぞそこに目を向けて下さいました!
1枚目の46年夏の北海道と違い、蒸気最晩年の49年の春は、どこにいってもカメラの放列でしたね。
そんな場所は、もう十分撮影したという思いもあり、本数を稼ぐよりも、できるだけ人が少ない場所に行こうと、最後は、さいはてのローカル線を中心に撮影していました。
1日2本、それでも、好きなような撮影できて、それはそれでけっこう楽しかったですね。
そんな駅名に注目して下さるところは、さすがにくろくまさんですね。
もう一度、のんびりと蒸気の煙をながめていたい、そんな気分のこの頃です。

くろくまさんも、お父さまが入院とのことで、ご心配ですね。
父親も、医療スタッフのおかげもあって、今は比較的穏やかにすごしています。
もっともつぎに肺炎を再発させた時は、体力的に厳しいとも言われていますので、「その日」の覚悟はできていますが、それでも一日でも平穏な日々が続くことをいまは願っています。
くろくまさんのお父さまも、無事に退院されること、お祈りしています。
  1. 2015/02/09(月) 23:37:13 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
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こあらまさんへ

こあらまさん、いつもお気遣いいただきありがとうございます。

私も、カメラは父から教わりました。
はじめはフジペット、ついでフジカハーフ、そしてはじめての35ミリは父のミノルタ、そのカメラで最初に出かけたのは、こあらまさんと同じ八高線でした。
はじめての北海道の一人旅で、ハクキンカイロの使い方を教えてくれたのも父でした。
そんな想い出を父に語りかけても、認知症が進んでいるため、そんなこともあったのか、みたいな顔をしています。
ただ、ほかのことはみんな忘れてしまっても、息子の顔だけは、はっきりと認識できるところは、唯一の救いでしょうか。

あと少しで、穏やかな春になります。
夏までは到底無理だとしても。せめて桜咲くときまでは、命をつなげてほしいと願っています。

「あかつき1号」に乗車した夏の旅は、高校の友達たちから、どうしても蒸気を撮りたいので、一緒につれていってほしいと頼まれ、しかたなく4名で九州を旅したときのものです。
このときは、豊肥本線や吉都線、そして霧島越えと、主に南九州をまわり、友達の親御さんが心配するので、私としては、珍しく、短期間で旅を終えて帰宅しています。
岡山発着になっているのは、この年に岡山まで開業した新幹線を利用したからで、往復に新幹線とブルートレインを利用した超豪華旅行は、これ一度きりでした。
ずいぶん前の同窓会で、その友達に会ったとき、あのとき九州に連れて行ってもらったことが、今でもとてもいい想い出だと語ってもらったことが、私にとっても良き想い出です。

ところで、大村湾を走るナメクジのシルエット、いい写真ですね。
私も、こんな写真を撮りたかったなあ。
  1. 2015/02/10(火) 01:59:43 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
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freecat2828さんへ

freecat2828さん、お久しぶりです。またこのたびはご心配いただきありがとうございます。

お母さま、たいへん残念でしたね。それでも最期は食欲も戻されて、温泉も楽しまれたとのこと、ほんのわずかとはいえ、喜ばれたことでしょう。
私の義母も、術後に抗がん剤の治療を続けた時期があり、その姿を見るのは、家族としても辛いものがありました。
幸い、元気になりましたが、高齢の父親は、いつ容態が悪化するかわからない状態なので、見舞うたびに、これが最期かなと思いながら、別れています。
それでも、何度も医者から危ないと言われながら、なんとかここまできたので、せめてあと少し、桜咲く季節まで、なんとか命をつなげてもらいたいと願っています。

ところで、新丸子駅前に桜が植栽されたのですか。いつも小杉駅近くの病院の桜ばかり見ているので気がつきませんでした(^^;
春になったら、見にいかなくては。
  1. 2015/02/10(火) 02:33:58 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
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