光と風のなかへ & 追憶の鉄路

東京オリンピックの時代






1964年 東京オリンピックの時代

街には都電があふれていた




渋谷 東京オリンピックの時代




駅の表示も JRなんて軽薄な名称ではなく 国鉄だ




渋谷 東京オリンピックの時代




山手線は最新の103系でうぐいす色

EF15が牽引する長い貨物列車も日常だった




渋谷 東京オリンピックの時代




東横線のホームに停車する車輌も 懐かしい顔ばかり




渋谷 東京オリンピックの時代




駅の屋根はかまぼこ形

すぐ横では首都高の工事も進む




渋谷 東京オリンピックの時代




地下鉄銀座線が山手線よりも高いところから発車する

地下鉄なのになぜ? 幼い頃は とても不思議な光景だった




渋谷 東京オリンピックの時代




その駅の屋上には 遊園地 子供用の電車が走る

このころは新幹線ではなく こだま型の151系だ 




渋谷 東京オリンピックの時代




そして忘れてはならない街のシンボル

東急文化会館の五島プラネタリウム




渋谷 東京オリンピックの時代




どれも 記憶のなかに焼き付いた風景ばかり

生まれ育った街だから なおさらだ




渋谷 東京オリンピックの時代




東京オリンピックの時代

あのころは街も ぼくも 未来は輝いていた




FUJIFILM X20
渋谷 東急プラザ
模型製作 冨沢瑞夫・昭子夫妻
2015.3.4.撮影

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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2015/05/21(木) 01:35:01|
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コメント

都電の時代

最初の1枚を見たとき、何か新しい画像処理方法でも編み出されたのかと思いましたよ。
なかなか味わい深い模型ですね。
渋谷はずっと通過駅でしたが、何回かプラネタリウムには行きました。
そうそう、上州屋と、今は無き悪名高き鉄道模型屋にも、時折会社帰りに寄っていました。
あの時代の小生の馴染みは池袋でしたが、やはり駅にはEF15やDD13がいて、入換もやってました。
地下鉄と言えば赤に白帯の丸の内線で、高架や鉄橋のある、銀座線に次ぐ昔の地下鉄です。
駅前には都電とトロリーバスがひしめいていました。
デパートの屋上には、こんな遊具がいっぱいありましたね。
東京オリンピックの年、貧乏だった我が家にも白黒テレビがやってきました。
弟がテレビの歌謡番組を見て一緒に踊っていました。
そんな、大らかな時代でした。
  1. 2015/05/22(金) 00:14:42 |
  2. URL |
  3. こあらま #ekGdj.rU
  4. [ 編集 ]

こあらまさんへ

こあらまさん、コメントありがとうございます (^^)

この模型は、渋谷東急プラザの閉館にともなうイベントで展示されていたものです。
1964年の情景を復元したそうで、懐かしい光景に、しばし見入ってしまいました。
いまもヒカリエから見ると、似た光景は見えますが、都電はバスにかわり、東急文化会館も、東横渋谷駅もなくなって、かろうじて当時の姿を残す銀座線の渋谷駅も、あと6年ほどでなくなくなってしまいます。
なんだかさみしいですね。
それでも、街や駅が進化していくのなら良いのですが、どうもどんどん退化しているように感じるのは、ぼくだけでしょうか。

ところで、こあらまさんのなじみの駅は、池袋とのこと。
じつは、ぼくも池袋は、ある意味、渋谷以上に、なじみのある土地なのです。
東口は都電の終着駅で、トロリーバスも、渋谷方面と違って、巣鴨方面の車輌は、山手線の踏切を渡らなければならなかったので、エンジン付きでしたね。
小学生の頃、一時、巣鴨に住んだこともあって、どちらもよく乗りました。
西口には、まだ闇市のなごりが残っていて、傷痍軍人もよくみかけました。
いまの池袋からは、想像もできない風景が広がっていましたね。

  1. 2015/05/22(金) 01:13:41 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
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