光と風のなかへ & 追憶の鉄路

『レッドクロス 女たちの赤紙』の印象 01 






採点に追われながらも TBSテレビ60周年企画番組

『レッドクロス 女たちの赤紙』を見た

これまであまり知られていなかった

「日赤救護看護婦」(従軍看護婦は通称名)を描いたドラマである




レッドクロス

TBS HPより転載



このドラマによって 男子と同じように

赤紙で召集された看護婦たちがいたことを知ったかたも多かっただろう

国のために日赤救護看護婦の道を選んだ彼女たちは

やがて想像もしなかった苛酷な戦火の中で医療活動に従事することになる

なかでも中国大陸に派遣されていた彼女たちは

敗戦による逃避行をへて捕虜となり 八路軍の従軍看護婦

ついで朝鮮戦争という激動の時代を中国大陸で生きることになる


そんな時代に翻弄されていく一人の女性を松嶋菜々子が熱演し

敗戦後70年にふさわしいドラマに仕立てられていた


このドラマによって従軍看護婦の存在を知り

若いかたたちが平和の尊さを再認識して

戦争法案にも反対してくれたならば

放映の意義もあったといえよう


なかでも 鶴瓶演じる大竹軍医がつぶやく言葉が心に響く

「自分たちが積み上げてきたものを 全て奪っていく それが戦争ってもんだ」


それだけに第一夜のリアリティに欠けた演出がなんとも残念である

少女たちは なぜふつうの看護婦ではなく 従軍看護婦を志したのか

このあたりの動機が きちんと描かれていない


そこには 当時の忠君愛国の教育の問題と

美談に仕立てられた兵士の物語が大きく影響していた

たとえば満州に配属された石田寿美恵は その理由をこう回想する


家ではね その肉弾三勇士の写真も飾ってあって

毎晩寝るときには 肉弾三勇士に敬意を表して

そういう繰り返しですかね どこの家庭も

小学校一年生のときから 教育勅語を先生が読まれて

気をつけの姿勢で頭を下げて聞いてたんです

一年生で意味わかりませんけれどね

「一旦緩急あれば義勇公に奉じ 以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」

いざ戦争っていうときには 命を投げ出してお国のために戦えっていう意味ですよね

学校教育から家庭教育全体が軍国主義のほうへ行ってましたからね

通学路には小さな商店街があったんですけど

どの店から、蓄音機の大きなラッパの口から

軍歌やら婦人従軍歌(従軍看護婦の歌)のレコードが流れてましたから

そんな教育の中で自然にもう 当然お国のために というふうになってたんでしょうね。

(NHK戦争プロジェクト『証言記録 兵士たちの戦争③』NHK出版)


こうした時代背景があって 従軍看護婦を志す少女が増えるのだ

しかも 従軍看護婦は 日赤派遣とはいっても 軍の管轄下にあった

看護婦の派遣は 陸海軍大臣が日赤の社長に派遣要請を行い

それを受けた日赤が都道府県の支部ごとに看護婦を召集した


1938年9月9日に改正された「日本赤十字社令」の第七条ノ二も こう明記する

「陸軍大臣海軍大臣は 日本赤十字社の事業に関し監督上必要なる命令を為すことを得」

このため召集を受けた看護婦は 軍の行動規範に従わなければならなかった


彼女たちに渡された「救護員手牒」にも

「陸海軍の戦時衛生勤務に服する日本赤十字社救護員は

陸海軍の規律を守り命令に服するの義務を負ふ」とある


ドラマでは松嶋菜々子が演じる天野希与が

やたらと「赤十字」の精神を強調していたが

その前に お国のため なのである


看護婦養成所の授業で使われていた教科書にも

「日本赤十字社救護自心得」として

「報国恤兵(じゅっぺい)の大義を尽すべき」と明記されていた

「報国恤兵」 つまり「兵を恤(いたわ)り、国に報いる」ことが

まず何よりも 求められていたのだ


赤十字は 1864年のジュネーブ条約で

敵味方の区別なく中立公平に救護することを定めたが

日本では 中立公平の原則はほとんど無視され

「お国のため」に尽くす救護がすべてに優先されたのである

しかも 監督官庁である軍の命令は絶対だった

ドラマのように 上官の命令に意見するなどありえない

こうした時代の空気感がきちんと描かれなかったことは とても残念だ


細かなことを言えば ツッコミどころは多々ある

小作人の娘があのような大きな家に住むわけがない

ただ じっちゃんの山崎努は 最高だった

20年たっても全く老けていなかったが


満州からの避難列車の発車のシーンも いまひとつ

天野希与が必死に息子をさがす一番の見せ場にもかかわらず

エキストラのかたたちが笑顔で列車を見送っていたのが なんとも興ざめ

なぜ はじめに注意を与え 撮り直しをしなかったのだろう

蒸気機関車の発車シーンは よかったんだけどね

ちなみにこのときの駅舎爆破は

1945年8月10日の東安駅爆破事件がモデルだろう

天野希与の夫となる中川亘のモデルは

千振開拓団の団長だった 宗光彦かな



きょうは 長くなるので 記事はここまで 次回に続く

しかし 採点しないで こんな記事を書いている暇はないのだが





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コメント

このドラマ

ラストの所だけ見ました。
良さげでしたが、民放のドラマが戦争を描くとこうなるっぽい感じがして、
全部見なくて良かったのかもと思ったりしました。

BS103の玉音ドラマは見ました。
真相は知りませんが、残念ながらNHKのPRドラマに見えてしまいました (苦笑)

最近のNHKは酷いですが、かつての「大地の子」は、けっこう感動して見てました !
(SL絡みもありましたが・・・)

いよいよ70年目の8/6も、もうすぐです (>_<)

北緯40度に近い楓村も明日からは猛暑日の予報。
楓村にはクーラーなんてものは、ありません m(_ _)m

いろいろ熱い夏、ですね。
  1. 2015/08/03(月) 19:58:44 |
  2. URL |
  3. 楓ちゃん #-
  4. [ 編集 ]

楓ちゃんへ

楓ちゃん、コメントありがとうございます (^^)

玉音ドラマは録画しましたが、まだ未見です。
今年は敗戦70年もあるのか、NHKスペシャルをはじめ戦争関連の番組が多く、録画器の中身がたまって、あとで見るのが大変そうです(^^)。

レッドクロスは、ひとことで言えば、従軍看護婦のドラマというよりも、松嶋菜々子のためのドラマといったほうが良い内容で、そのあたりが評価の分かれ目かもしれません。
それでも、女性のなかで唯一赤紙で召集された人たちがいたこと、大陸で医療活動にあたった従軍看護婦たちが、敗戦後、どのような運命をたどったのか、彼女たちの活動がほとんど知られていないこともあって、こうしたドラマが製作され、右傾化した日本で製作された意義は大きく、視聴される価値はあったと思います。
少なくとも、ありえない設定の「永遠の0」よりは、史実をある程度はふまえて(といってもツッコミどころは多々ありますが)いたと思いますし、「大地の子」の影響も大きいと思います。
出征シーンの大井川のC11や、大陸の蒸気たちも、何度か登場し、これは楽しませてもらいました(^^)

ところで、楓ちゃんにとっては、今年も特別な日がやってきますね。
今年も猛暑の東京から、70年の思いをこめて、静かに追悼したいと思います。
外でのお仕事も多いであろう楓ちゃん、暑さ対策もしっかりなさって、猛暑、乗り切ってくださいね。


  1. 2015/08/04(火) 00:30:42 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

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