光と風のなかへ

『レッドクロス 女たちの赤紙』の印象 完結編






TBSテレビ60周年企画番組 『レッドクロス 女たちの赤紙』

この番組は これまであまり注目されてこなかった

日赤救護看護婦(従軍看護婦)に光をあて

彼女たちが男たちと同じように赤紙で召集されたこと

さらには満州で活動した従軍看護婦をモデルとしたことで

敗戦後もなお現地にとどまって医療に従事した人々がいたことを

多くの人たちに知らしめたという点で 戦後70年にふさわしいドラマだった




レッドクロス

TBS 公式HPより転載



もちろんドラマ故に 軍国少女のカケラも感じさせない松嶋菜々子など

違和感も多々あったが 敗戦後 八路軍の看護婦となって活動したこと

そのなかで軍国主義の呪縛から解き放つための教育がおこなわれたこと

朝鮮戦争のときも赤紙で召集された日赤の看護婦がいたことなど

フィクションとはいえ 随所に史実をふまえながらの物語を展開させ

とくに敗戦後の姿を描いた第二夜は しっかりと作られていたと思う


日本の残留孤児たちを売る日本人 そんな孤児たちを助ける中国人

その一方で子供を日本軍によって殺され 残留孤児を酷使する中国女性

まだまだ不十分さはあるものの 戦争の悲しみが日本人だけのものではないことを

しっかりと描こうとした点は 高く評価すべきだろう


これからのドラマは アジアの人たちの視点をしっかりといれて製作すべきで

日本人の悲しみだけを描いて お涙頂戴という物語は もうやめるべきだ 


ただ欲を言えば あと15分ほど拡大して

中国に残留した彼女たちの帰国後の厳しさも きちんと描いてほしかった

ドラマでも少し描かれていたが 帰国後の彼女たちを待っていたものは

警察による思想調査と日本人の無関心 それに不名誉な憶測だったからだ


帰国者の一人 津村ナミエは こう証言する


警察は 中国で社会主義思想の勉強をしたのかどうか

日本で社会主義革命の運動をするのかどうか

などを知りたがったみたいですね

香川班の仲間で今は栃木にいる友人も

警察に散々来られて困ったと言っていましたね

警察が来たことは すぐに近所中に広まったと言っていた

みんな同じです

田舎に帰ってから四 五日経って 部落に二七軒ある

本家の女性ばかりが集まって歓迎会を開いてくれました

ところがそこで質問されたのが 露助に強姦されなかったか とか

中国に風呂はないと聞くが 風呂はあるのか 入ったか という程度

平和も 民主主義も 中華人民共和国の成立も何もない

日本人には その程度の認識しかなかった

従軍看護婦として満州に送られたのに

そこでの一三年間に 慰労の一つも全くなかった

(中略)

戦後 中国から帰ってきた従軍看護婦は

1953年(昭和28)に帰った者もそれ以降に帰った者も

やっぱり就職が厳しい現実があった

中国から帰った者は アカだ っていう風評みたいものがあって

自分の希望するような大きな病院にはなかなか就職できないんです

政治活動されたりすると困るから

そんな気持ちないのに 看護婦の仕事するだけなのに

とにかく 大きな病院は希望しても無理でした

やっとの想いで仕事についても 中国にいた期間が長いから

歳のわりには給料が低い人が多かった

年金をもらう歳になったら 年金加入期間が短いって言われて

もらえなかったり 少なかったり

結局 中国にいた一〇数年間は 何も保障がないわけ

(川口啓子・黒川章子『従軍看護婦と日本赤十字社 その歴史と従軍証言』文理閣)



従軍看護婦は 赤紙で召集されたのにもかかわらず

戦後 兵隊と違って 国からも 日赤からも 保障が出なかった

従軍看護婦は あくまでも「志願」とされたからである

その後 「従軍看護婦の会」による粘り強い運動の結果

わずかばかりの慰労給付金を勝ち取るが 兵隊との違いは大きい

これに関して津村ナミエの怒りは 本質を突いている


兵隊さんには恩給が出て 毎年上がるんです

でも私らには何もない 慰労給付金が少しだけ

政府が真剣に戦争を反省していないことですよ

それと女を軽視していますよ

(川口啓子・黒川章子『従軍看護婦と日本赤十字社 その歴史と従軍証言』文理閣)



こうしたなか従軍看護婦とは 何だったのか

そのことを戦後 ずっと考え続けた女性がいた

満州に派遣され 敗戦後も八路軍のもとで活動した石田寿美恵だ

彼女の出した答えに 従軍看護婦の本質が示されている

 
今思うとね 病気になったのを治療して

再び人を殺して自分も死ぬ可能性のある前線へ

送り出す仕事だったと思いますね

私たちの仕事は 治療して

ああ元気になった 勇ましく原隊復帰できる

おめでとう って送ったんですけどね

看護をすることが われわれの看護が

また死の前線へ送るわけでしょ

戦場に行って命を投げ出しなさい

そのために一所懸命あなたを助ける

これは矛盾してますよね

やっぱり戦争っていうものが

どんなに無意味なもので罪深いものか と思います

(NHK戦争プロジェクト『証言記録 兵士たちの戦争③』NHK出版)



石田寿美恵は 戦後は 医師がいなかった

被差別部落の無医地区の看護婦として働いた

差別によって 医療も受けることもできない

貧しい人たちの暮らしを支え続けた

多くの死をみつめ続けた石田なりの選択だったのだろう


従軍看護婦たちが経験した戦争

アジア太平洋戦争で日赤が派遣した「救護看護婦」は960班

延べ人数3万1450名(婦長1888名、看護婦2万9562名)にも及ぶ

このうち1118名のかたが命をおとし 4476名のかたが罹病された


命を助ける看護婦が 戦争に駆り出される

そんな時代はもう二度とあってはならない

全日本赤十字労働組合連合会も 7月13日

ふたたび白衣を戦場の血で汚さないために

「戦争法案」を廃案にし平和憲法を守りぬこうという特別決議を採択している


*                 *


『レッドクロス~女たちの赤紙』の印象

思いがけず 7回にもわたる連載になりましたが

従軍看護婦の存在を知るきっかけになれば うれしく思います

今夜13日午後10時00分からは NHKスペシャルでも

『女たちの太平洋戦争~従軍看護婦 激戦地の記録~』が放送されます

ぜひご覧になって さらに理解を深めて下さい


今回のドラマには「名も知らぬ花のように」という曲が使われていました

2011年3月11日に起きた東日本大震災を契機に

加藤登紀子さんが詩を書き 娘さんのyaeさんが作曲したとのこと

命を繋ぐ という意味で ドラマにふさわしい歌だったと思います

ユニセフのCMに使われたそうですが 生まれてきた大切な命

日本がふたたび戦争のできる国にならないように

大人たちは 心して行動していかなければなりませんね  








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