光と風のなかへ & 追憶の鉄路

父を見送った日






10月9日 父を見送る

初七日をすぎてしまったが

斎場と火葬炉がいっぱいで

最短でとれたのが この日だった

幸い天気は快晴  喪服だと少し汗ばむほどだった




斎場




父の遺影は ぼくが撮影した写真から選んだ

祭壇のまわりにも A4に引き延ばした父の写真をたくさん飾る

独身時代の父 新婚旅行の父と母 生まれたぼくを抱いて笑う父

どれも古い小さなモノクロ写真から引き伸ばした

その一枚一枚に 父が歩んできた人生が刻まれている


晩年は「ありがとう ありがとう」が口癖になっていた父

だから 出棺の挨拶に こんな一文をいれた


父は 家族の愛情をいだきながら

85年の生涯を十分に生きた

そう満足して 旅立っていったと思います


わずか3分50秒ほどにまとめた短い文章だが

父の歩んだ人生 父との思い出 そして感謝を込めて

何度も何度も推敲して 完成させた挨拶文

S.E.N.Sの「風のように」のBGMにのせて 最後の親孝行

父も きっと喜んでくれたことだろう










10月11日 父と母の結婚記念日に




Nikon
2015.10.9.撮影

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テーマ:写真日記 - ジャンル:写真

  1. 2015/10/11(日) 23:56:26|
  2. カメラ日記
  3. | コメント:16
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コメント

風のように

「風のように」。センスの美しい調べの曲です。
形あるものは、何時かは失われる運命にあります。
ただ、手にとることができない思いは、何時までも生き続けます。
きっとお父様の思いも、風のように受け継がれていくのでしょう。
まこべえさんやこあらまの人生も、何らかの風を残せるものであるといいですね。
ご冥福をお祈りします。
  1. 2015/10/12(月) 09:41:38 |
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  3. こあらま #f3YZ0o3U
  4. [ 編集 ]

風のようにを聴きながら

お父様旅立たれたのですね。
ご冥福をお祈りいたします。

いつか、この日があることは分かっていても、実際に直面してみると、複雑なんだろうと思います。
我が父も、このところ気弱な言葉を発するようになり、かつての強い父からは、想像できない年寄りになってきました。
最後まで、剣に生きられるようにしてやるのが、最大の親孝行かと感じています。
  1. 2015/10/12(月) 10:14:58 |
  2. URL |
  3. 枯れ鉄 #-
  4. [ 編集 ]

ご尊父のご冥福をお祈りいたします。
  1. 2015/10/12(月) 16:28:33 |
  2. URL |
  3. 楓ちゃん #-
  4. [ 編集 ]

こあらまさんへ

こあらまさん、あたたかなお言葉、ありがとうございます。

「手にとることができない思いは、何時までも生き続けます」ーまさにその通りですね。
父の思いは、これからもしっかりと受け継いで、その風に、今度は私の思いものせていきたいと思います。

「風のように」は、1993年のドラマ「あすなろ白書」に使われた曲で、私の好きな曲のひとつです。
別れの儀式や出棺の挨拶の時は、この曲と決めていましたが、挨拶文を読み進めるうちに、いろいろな思いがよみがえり、感極まってしまいました。

それにしても、大都会の火葬炉の混雑ぶりは、驚くべきものがあります。
これから高齢化がさらに進むと、火葬炉の運用はさらに激しさを増していくことが予想されますが、対処をおこたると、私たちの時代には、火葬難民が生じてくるかもしれません。
認知や介護の問題にとどまらず、高齢化社会は、いろいろな面で考えさせられるものがありますね。
  1. 2015/10/12(月) 17:22:29 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

枯れ鉄さんへ

枯れ鉄さん、お気遣いありがとうございます。

昨年末に、医者から長くはないと言われて覚悟もしましたが、父の予想外の体力もあって、桜の季節を迎え、夏もすぎ、もしかしたら紅葉の写真も見せられるかなと、あわい望みもいだいていました。
しかし、夏の肺炎によって受けたダメージが強く残り、秋の紅葉を待たずに旅立ってしまいました。
最後には立ち会えませんでしたが、苦しむこともなく、電気のスイッチが切れたように、スッと眠るように旅立ったとのことで、父にとっても幸せだったと思います。
枯れ鉄さんも、どうかお父さまに目をかけられ、生きる力をあたえてあげてください。
お父さまにとっても、それが大きな支えになると思います。
長くお元気でいられること、心から願っています。
  1. 2015/10/12(月) 17:51:22 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

楓ちゃんへ

楓ちゃん、お悔やみのお言葉、ありがとうございます。

長らく療養生活を送っていた父でしたが、色づく秋を前に、旅立ちました。
葬儀全般は専門の会社に任せたとはいえ、母にかわって段取りを組み、挨拶をして、ほっと一息ついたのもつかのま、まだまだやるべき事があって、遺族はたいへんです。
ブログも、しばらくは何日かおきの更新になりますが、よろしくお願いいたします。
  1. 2015/10/12(月) 18:30:35 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
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とうとう……

ご愁傷様です。
ご尊父のご冥福をお祈りいたします。

ご心労がおありのことと存じますが、まこべえさんが元気を出してくださることを祈っています。(父親って影が薄いですよね)
  1. 2015/10/12(月) 19:37:06 |
  2. URL |
  3. くろくま #uRLT.2RM
  4. [ 編集 ]

3分50秒の言葉の中に、お父さんへの気持ちがいっぱい込められていて、傍できっと聞いていらっしゃったお父さんも喜ばれたと思います。
お父さんがまこべえさんを写してこられたお写真からも愛情がたくさん伝わりました。
祭壇の周りに置かれたお写真は、お別れに来てくださった方々も、懐かしかったりお父さんのお人柄を感じられてとても嬉しかったと思います。

しばらくはいろいろ忙しく過ごされて気を張っていらっしゃると思うけど、落ち着かれてくると急に淋しさを感じられると思います。
どうぞお体に気を付けられて、お母さんの事も励ましてやってくださいね。

心よりご冥福をお祈りいたします。
  1. 2015/10/12(月) 20:13:39 |
  2. URL |
  3. チビmomo #-
  4. [ 編集 ]

くろくまさんへ

くろくまさん、お気遣い、ありがとうございます。

だいぶ前から、この日がくることを覚悟していたこともあって、「呼吸停止」の知らせを受けたときも、自分でもびっくりするほど冷静でいられました。
ただ、葬儀社にお任せとはいえ、母にかわって葬儀を仕切らねばならず、精神的にはともんかく、肉体的には、さすがにバテました。
幸い、この日月はしっかりと休養できたので、明日からはまた通常通り、仕事に復帰です。
もっとも、葬儀のあともやるべきことが多く、親を亡くすというのは、なかなかたいへんなことですね。
  1. 2015/10/12(月) 22:11:33 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

チビmomoさんへ

チビmomoさん、あたたかなお言葉、ありがとうございました。

祭壇のまわりに飾ったたくさんの父の写真、そして3分50秒にまとめた出棺の挨拶、それを見てくださったかた、聞いてくださった方々が、父の思い出をたくさん語って下さり、とても良い葬儀になりました。
柩のなかで聞いていた父も、きっと喜んでくれたと思います。
ただ、父の兄弟も、母の兄弟も、みな鬼籍にはいるなか、この1月にもっとも仲の良かった姉をなくし、ついで父をなくした母が、「ひとり残っちゃたよ」と、ポツリつぶやいた言葉が、いまはとても気がかりです。
離れて暮らしているとはいえ、40分ほどの距離なので、これまで以上に顔を見せに行って、励ましてあげようと思っています。
これからまだ四十九日の準備や墓の用意など、やるべきことが山積みですが、みなが一度は通る道、なんとか少しずつこなしていこうと思います。
お気遣い、ありがとうございました。

  1. 2015/10/12(月) 22:47:43 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

風のように

都会では火葬炉が混んでいると情報番組で言っていましたが
1週間とはすごい状況です。

祭壇のまわりに飾られた思い出の写真の数々、まこべえさんの愛情が感じられます。

お父様、85年の生涯、愛情に満ちた家族に見送られて
旅立たれたことと思います。 

心よりご冥福をお祈りいたします。
  1. 2015/10/12(月) 22:50:20 |
  2. URL |
  3. Toko #-
  4. [ 編集 ]

Tokoさんへ

Tokoさん、お気遣い、ありがとうございました。

都会の火葬炉がいっぱいで、数日待たされるのは良くあることなのですが、季節のかわりめということもあって、旅立たれるかたが多かったようです。
この間、柩をさしこむように安置する霊安室におさめられているのですが、1日あたりの保管料が高級ホテルなみとあって、驚くことばかりです。
それでも、たくさんの花とともに、たくさんの写真を飾ることができたので、参列者のかたがたに父の面影を懐かしんでいただき、よい葬儀になったと思います。
おそらく父も喜んでくれていることでしょう。
自分のエンディングは、大好きな瀬戸内海に散骨してもらえば良いと伝えていますが、さてどうなりますか。
  1. 2015/10/12(月) 23:08:27 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
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まこべえさんのお父様も旅立たれたのですね。
ご冥福をお祈りいたします。

今年は私の父親も旅立っていますから、旅先で
まこべえさんのお父様と、お会いしているかと思います。
今後は色々と忙しい日々になると思いますが、お体にお気をつけください。

落ち着いたらまた、多摩川でご一緒したいですね。
それにしても… 風のように… あらためて聴くと泣けます。
  1. 2015/10/14(水) 14:43:00 |
  2. URL |
  3. ツッチ~ #-
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ツッチーさんへ

ツッチーさん、あたたかなお言葉、ありがとうございます。

いまごろは、ツッチーさんのお父さまとお会いして、ご挨拶をかわしている頃と思います。
父は、旅立ったばかりなので、右も左もわからないと思いますので、ツッチーさんのお父さまに道案内をしていただけたら、安心です。
葬儀のあとは、母から毎日のように、あれはどうしよう、これはどうしようと電話がかかつてきて、日々やるべきことが増えてきている状況ですが、一人で暮らす母と、頻繁に連絡をとれあうので、それもまた良いかな、と思っているこのごろです。
ひとだんらくしたら、ぜひまた、多摩川でご一緒させてくださいね。

  1. 2015/10/15(木) 00:49:13 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

晩くなりましたがお悔やみ申し上げます。
八十五才なら大往生でしょうが、それでももう話せなくなるし顔を見ることもできない。
いつもそばで見守ってくれてたであろう父上との別れ、察しにあり余る思いです。
それでも幼いころからたくさんの思い出を作って来られてるようだし、強い絆は心の中で繋がってることでしょう。
多摩川を隔てたところでお互い住み、どこかで顔を合わせてるのかと思えば他人事と思えない感じです。
来月は母の七回忌。
あっという間に六年がたった今でも親の恩を忘れられません。
ご冥福をお祈りいたしまず。
  1. 2015/10/17(土) 14:08:16 |
  2. URL |
  3. freecat #hdScUxTA
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freecatさんへ

freecatさん、いろいろとお心遣い、ありがとうございました。

桜の季節までは厳しいと医者から言われながら、桜どころか、ひまわりの季節も乗り切った父ですが、夏に患った肺炎のダメージが大きく、あと少しで紅葉の写真を見せられると思っていた矢先、電池が切れたように旅立ってしまいました。
最期は立ち会えませんでしたが、写真を嬉しそうに見入っていた父の笑顔が最後になったので、今は、かえってよかったかな、と思っています。
晩年は、認知もかなり進行していましたが、それでも幼い私や妹が写る古い家族写真を見せるとよく反応し、ときには嬉しそうに何かをつぶやいていました。
記憶が薄れていくなかにあっても、心のどこかに、当時の記憶が残っていたのでしょう。
それをよみがえらせる写真の力は、すごいですね。
父に教えてもらった写真で、最後の親孝行ができました。
今年の紅葉の写真が見せられなかったのが、心残りですが、旅も好きだった父のことでから、いまごろは一足早く、空の上から北の紅葉を楽しんでいるかもしれません。
残された遺族は、やることがたくさんあって大変ですが、そんな忙しさのなかで、四十九日、一周忌、三周忌と、月日がすぎていくのでしょう。
一段落したら、またDfもって丸子橋界隈で写真を撮っていますから、もし見付けたら、一声、かけてください(^^)




  1. 2015/10/18(日) 00:15:25 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
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