光と風のなかへ & 追憶の鉄路

追憶の鉄路 最後の汽笛






1970年(昭和45)は首都圏から

蒸気機関車があいついで引退した年だった

休日のたびごとに何度も通った八高線も

9月に無煙化され 10月4日には

「さようなら蒸気機関車 八高号」がD51 515に牽引されて

高麗川から八王子の間を走った




蒸気機関車 八高線




それから5年後の1975年12月14日

蒸気が牽引する最後の旅客列車225レが

北の大地を駆け抜けて ひとつの時代が終わった


あれから今日で40年

蒸気とともにすごした青春は

いまも心のなかで輝いている




八高線
1970.10.4.撮影

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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2015/12/14(月) 22:50:56|
  2. 追憶の鉄路 D51
  3. | コメント:2
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コメント

すべては八高線から始まった

まこべえさん、こんばんは。

懐かしいですね。あの時から45年も経ってしまいましたか。
八高線が無煙化された時は、ちょっとした八高線ロス状態でした。
西武線沿線民としては、西武線一本で東飯能に行けたわけですから、本当にお手軽でした。
最初に行ったのは小学校の同級生とでした。日曜日が来るのが待ち遠しかったです。

高崎のD51とC58の重連のさよならの時はいい天気でしたが、八王子の時は雨でした。
小生は高麗川のそばでサイドから撮りましたが、動輪とかにも白線が入っていて、何か変でした。
まこべえさんのは何所ですか? このアングルの方が厚化粧が目立たずいいですね。
この列車、お尻にも飾りが付いていて、後追い好きとしては、おやおやといったところでした。
  1. 2015/12/15(火) 21:47:03 |
  2. URL |
  3. こあらま #orm/dS56
  4. [ 編集 ]

こあらまさんへ

こあらまさん、コメントありがとうございます (^^)

八高線は、東京から近く、それでいて重連は楽しめる、キューロク・デコイチ・シゴハチの3型式を楽しめるとあって、人気がありましたね。
それでも、蒸気終焉期の喧騒とは違い、のんびり、静かに撮影を楽しめる路線でした。
本数も多かったので、今度はああ撮ろう、次はこうしてみようと、カメラの扱い方や撮影を学ぶ修行の場でもありました。
こうして改めて「さよなら列車」をながめていると、当時の情景がよみがえってきます。

「さよなら列車」は、どこで撮影したのか、ネガに記入がなく、わからないのですが、東飯能か、金子の近くだったように思います。
そんな八高線も、いまでは電化されて、209系が走る路線になりました。
当時は、八高線が電化されるとは、思いもよりませんでしたが、45年という年月は、やはり長い年月なのでしょう。
あのころの少年も、いまでは腰の痛みに堪えるオヤジになってしまいましたね (^^;


  1. 2015/12/16(水) 01:13:32 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

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