光と風のなかへ & 追憶の鉄路

新しき年に






あけましておめでとうございます




謹賀新年




綺麗な青空が広がった2016年の元旦

昨年の10月 浄土真宗の作法で父を見送った我が家は

世間的には「喪中」といわれる期間にあたる

けれども いつもの新年とかわらない華やかさ

なぜなら浄土真宗には「喪中」という考えがないからだ




東急東横線 西武6000系




そもそも「喪中」とは 喪に服する期間

そして「喪」とは 人の死後 一定期間 遺族が謹慎することだが

そこには 死をケガレとみて おそれる考え方が根底にある

だから死をケガレとみない浄土真宗には 喪中がないのだ




多摩川




さらに言えば この謹慎期間も 時代によって一定しない

10世紀に成立した『延喜式』は「死は卅日を限り」と定め 30日だった

それが鎌倉時代の『諸社禁忌』になると「五十日」に増えた

宣教師フロイスによると 戦国時代の武士たちは

家族の死後 30~40日は主人の館に出仕できなかったが

その期間が過ぎれば 身を洗い清めて参上したという

ついで1684年(貞享元) 江戸幕府は中世の慣行を受け継いで

「服忌令(ぶっきりょう)」を定めたが

そこには「父母 忌五十日 服十三月」とあって 

神社の参拝などを遠慮する忌の期間は50日

故人をしのぶ期間を13ヶ月と定めている

ただし 庶民に対しては厳しく遵守を求めなかったため

地域や時代によって 服忌の慣例はまちまちだった

たとえば民俗儀礼では 忌みの期間を49日とすることが多いが

それはこの期間をすぎると死者の魂が家から離れると考えていたからだ


明治政府はこうしたさまざまな慣行や法令を

武家の規則をもとにして 1874年に服忌令を定めた

そこには「父母 忌五十日 服十三月」とあり

この結果 服忌の慣行は統一され 広く社会に浸透することになる

そこでは「服は喪服を服するの義にして

親族の凶事に逢ひし時は 平常の服を徹し

装飾なき粗々しき布の服を着けて

哀悼の意を表するを 喪中の務とす」とあり

 「忌とは穢れを忌むの義にして 身体の穢れたるものとして

神社に詣で 官庁に出仕し 公衆に対し憚るをいふ」と規定している

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/789549/18?tocOpened=1


このように神社の参拝などを遠慮する期間は

明治以降は 50日であって よく言われる一年ではない

神社本庁も 境内への出入を遠慮してほしい期間を50日としている

http://www.jinjahoncho.or.jp/2009/07/12%E3%80%80%E6%9C%8D%E5%BF%8C%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/

つまり忌み明けさえしていれば 神社への参拝は何も問題はないのだ

あとの期間は 残されたものたちの心のもちかた次第だろう

ところが戦後の社会のなかで 忌と服の区別があいまいになり

いつのまにか一年という誤った「常識」が広まってしまったらしい

誤りとはいえ 一度 広まってしまうと もとに戻すのは容易ではない 

しかし 我が家は 神道の考えに基づいても すでに忌明けをしているので

初詣も お飾りも いつも通り 神さまも気にしないはずだ

だから今年も 青空のもと 多摩川浅間神社に初詣




多摩川浅間神社




お正月から湿っぽくしていては 往生した父も寂しがるしね




多摩川浅間神社




ただ のんびりしていたら 日がかたむきはじめてしまった




多摩川浅間神社




このため 例年ほど並ばなくてもよかったが

神楽殿の奉納囃子は終わってしまった




神楽殿では奉納囃子




今年は何事も 早め早めに行動しよう




神楽殿では奉納囃子




それでなくても そろそろ定年が近づく年齢

一年一年を大切に使う必要がある




神楽殿では奉納囃子




仕事量もさらに増えることがほぼ確実なので

ブログの更新も今年は数日おきかな




多摩川浅間神社




そんな「光と風のなかへ&追憶の鉄路」ですが

今年もどうぞよろしくお願いいたします




Nikon
多摩川&多摩川浅間神社
2016.1.1.撮影

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テーマ:写真日記 - ジャンル:写真

  1. 2016/01/02(土) 18:33:11|
  2. カメラ日記
  3. | コメント:6
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コメント

謹賀新年

明けましておめでとうございます。
我が一族も、浄土真宗ですが、喪中の風習は存在していましたね(笑)
でも、喪中としながら、友達と初詣には行くし、喪に服するというより、年賀状書くのが面倒だから喪中にするみたいな感じはありました。
適当で本来の意味は全く理解していませんね。

今年もよろしくお願いいたします。
  1. 2016/01/03(日) 13:56:07 |
  2. URL |
  3. 枯れ鉄 #az4yxeWM
  4. [ 編集 ]

今年もよろしくお願いいたします。

まこべえさんの身近にある四季のうつろいを今年も楽しみにさせていただきます m(_ _)m
  1. 2016/01/03(日) 14:45:49 |
  2. URL |
  3. 楓ちゃん #-
  4. [ 編集 ]

枯れ鉄さんへ

枯れ鉄さん、あけましておめでとうございます。

喪中で嬉しいのは、たしかに年賀状書きから解放されることかもしれません(^^)
我が家も、喪中はなしと言いながら、年賀状は欠礼にしてしまいました ^^;
おかげで、いつもより楽な年末になりました。

迎えたお正月は、三日間とも快晴続きで、気温もやや高めのおだやかな日々になりましたが、枯れ鉄さんにしてみれば、雪不足で、困った冬かもしれませんね。
もっともこれからが冬の本番。山籠もり、お気を付けていってらっしゃいませ。

今年もよろしくお願いいたします。





  1. 2016/01/03(日) 18:44:21 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

楓ちゃんへ

楓ちゃん、あけましておめでとうございます。

今年の楓村は、久しぶりに穏やかなお正月になったようですね。
多摩川流域も、三が日とも快晴で、気温もやや高めの穏やかなお正月でした。
ただ、今年は、カレンダーのならびが悪く、すぐに仕事がはじまるのがつらいところ。
そのうえ仕事環境も少しかわるため、これからちょっと大変です。
それでも、楓ちゃんに認めてもらえるように、今年もたくさんの写真を撮り続けていきますので、どうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m
  1. 2016/01/03(日) 19:02:47 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

まこべえさん、あけましておめでとうございます。

お父様も明るいお正月を過ごされる、まこべえさんご一家に
お喜びのことと思います。

忌と服の区別をお教え下さってありがとうございました。
喪中には神社の参拝などを遠慮するものと聞いてはいましたが、
父の死後、何日経てば神社にお参りしてもよいのか迷った挙句、
勝手に四十九日過ぎればよいだろうと考えたことを思い出しました^^;
もっとも、父の命日は年末でしたから、どちらにせよ初詣は出来ませんでしたが…

今年もどうぞよろしくお願いいたします。
  1. 2016/01/05(火) 11:34:07 |
  2. URL |
  3. イリヤ #OEx97cus
  4. [ 編集 ]

イリヤさんへ

イリヤさん、あけましておめでとうございます。

服忌の解釈、ネットにも誤った情報が記載されていて、歴史的な背景などご存知ない多くのかたにとっては、わかりにくいですね。
このため、右へならへで、どんどん誤った考えが広がってしまったようです。
とはいえ、私も、父の命日が年末ならば、神社のかたがケガレの広がることを嫌うでしょうから、初詣などは避けましたが、父の命日は10月。
このため、今年もしっかりとお詣りをしてきました(しかも二カ所)。
ただ、世間一般では、喪中がない、なんて言っても、きちんとその歴史的な背景を理解しているかたのほうが少ないと思うので、年賀は欠礼にしました。
もっとも、これも年賀状書きが面倒だったというのが本音なのですが ^^;
いずれにしても、父は湿っぽい雰囲気が嫌いでしたから、残った家族が気持ちを新たにして新年を迎えたところを見て、きっと喜んでくれたと思います(^^)

イリヤさんのブログは、いつも楽しく拝見しています。
昨年は、なかなか時間がとれず、鎌倉も少し足が遠のいてしまいましたが、段葛も完成が近づいてきたようなので、春になったらお出かけしようと思っています。
今年も鎌倉の四季、たくさん紹介してくださいね。
今年もよろしくお願いいたします。


イリヤ



なかなかコメントを残せませんが、
  1. 2016/01/06(水) 00:16:17 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

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