光と風のなかへ & 追憶の鉄路

餓死する「英霊」たち






けさもまた数名が昇天する

ゴロゴロ転がっている屍体にハエがぶんぶんたかっている

どうやらおれたちは人間の肉体の限界まで来たらしい

生き残ったものは全員顔が土色で

頭の毛は赤子のウブ毛のように薄くぼやぼやになってきた

黒髪がウブ毛に いつ変ったのだろう

体内にはもうウブ毛しか生える力が 養分がなくなったらしい

やせる型の人間は骨までやせ 肥る型の人間はブヨブヨにふくらむだけ

歯でさへも金冠や充填物がはづれてしまったのを見ると

ボロボロに腐ってきたらしい 歯も生きていることをはじめて知った

このころアウステン山に不思議な生命判断が流行り出した

限界に近づいた肉体の生命の日数を統計の結果から 次のやうにわけたのである

この非科学的であり 非人道的である生命判断は決してはずれなかった

立つことの出来る人間は  寿命は三〇日間

体を起して坐れる人間は  三週間

寝たきり起きられない人間は  一週間

寝たまま小便をするものは  三日間

ものいはわなくなったものは  二日間

またたきしなくなったものは  明日

ああ 人生わずか五〇年といふことばがあるのに

おれはとしわずかに二二歳で終わるのであろうか

(小尾靖雄「人間の限界―陣中日誌」『実録太平洋戦争』第2巻より)


この記録は小尾)靖夫少尉(川口支隊歩兵124聯隊旗手)が残した戦場の実態だ

ガダルカナル戦では戦死者約5000人に対し 餓死者は約1万5000人

餓死する「英霊」たち それはガダルカナルに限らず 各地の戦場で見られたことだった

「めくれあがる皮膚の匂い 散らばる内蔵の匂い 腐りゆく自分の匂い」(「野火」より)




富士裾野における野外教練(1941~42年頃)

富士裾野における野外教練(1941~42年頃) 寄贈アルバムのモノクロ写真を複写 カラーに変換
1943年に卒業した彼らたちは各地の戦場に召集された 特攻で戦死したもの 中国戦線で戦ったもの このなかの何人が生き残れたのだろう




戦争をはじめるのは大人たち そして戦場で死ぬのはいつも若者 

若い人たちは とくにこのことを覚えておいてもらいたい


2016.8.15.



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