光と風のなかへ

旅のたまゆら






「鉄道写真」 たった四文字の言葉だが

切り口や表現は人さまざまだ

それでもほとんどの人は車両に視点を向ける

型式写真 編成写真 俯瞰写真

車両中心か点景かの違いはあれど 視点は車両に向けられている

鉄道が好きで撮影をしているわけだから これは自然なことだ

しかし 鉄道を素材にしながらも そのまなざしを

鉄道を利用する土地の人々にを向けた撮影者がいた

それが ローカル線の撮影を続けてこられた風太郎さん

昨日は風太郎さんの写真展「旅のたまゆら 1981-1988」におじゃました


雪降る停車場で友達のマフラーを直す女学生

祭りの日にあらわれた島原鉄道大三東駅のテング

HPで見た風景が生の写真で迫ってくる

同じ時代を共有してきたボクにとって

たまらなく懐かしい 居心地の良い空間




旅のたまゆら




されど どこかが違う

それは鉄道に対するまなざしだ

風太郎さんより少し前に同じような旅を続けていたボクにとって

鉄道写真の被写体は 蒸気機関車の煙だった

鉄道を支える国鉄職員にレンズを向けることはあっても

鉄道を利用する人々がファインダーにはいることはなかった

それは「旅のたまゆら」ではなく 「煙のたまゆら」だった




蒸気機関車 伊田駅

福岡県 伊田駅 1974年 秋



もちろんその一枚一枚は ボクにとっては大切な一枚だ

それでも なんともったいない撮り方をしていたものだ

フィルムを節約しながら撮影を続けた時代の制約

大学生の頃に撮影された風太郎さんとは違い まだ中高生だった未熟な視点

理由はいろいろあるが それでもこのまなざしの違いは大きい

車両写真も 記録性という点では価値はあるだろう

しかし「歴史の記憶」という点では 日常を切り取った写真にはかなわない

ここで切り取られた世界は このさき年月を重ねるなかで

さらにその価値を増してゆくことになるだろう


いまとなってはもう不可能だが なんとかボクもまねできないか

そう思って 当時の写真のなかから「旅のたまゆら」風の写真をならべてみた




蒸気機関車 留萌本線

北海道 留萌本線 増毛 1974年 早春 

蒸気機関車 小海線

長野県 小海線 信濃川上駅 1971年5月

蒸気機関車 矢島線

秋田県 矢島線 羽後鮎川 1971年 夏

蒸気機関車 関西本線

三重県 関西本線 加太~柘植 1972年 秋

蒸気機関車 山陰本線

山口県 山陰本線 幡生駅 1974年 秋

矢島線

秋田県 矢島線 羽後鮎川駅 1971年 夏
 


はじめから土地の人々に焦点をすえて撮影された風太郎さんには及ぶべくもないが

あらためて見直すと 風太郎さんの撮影された80年代初頭と

流れている空気は そうかわらない

なにげなく撮影した一枚に 子供がたくさん写っているところも同じだ

あの時代 村にはたくさんの子供たちがいた

それが地域の活性化につながっていた

高度経済成長が日本の社会構造を大きく変えたことは知られたことだが

そりれでも風太郎さんが撮影された80年代初頭の地方には

まだかつての日本が残っていたようだ

それがこのあとはじまるバブル経済で徹底敵に破壊されていく

写真に写っていた子供たちは都会に出て戻ってはこなかった

過疎が進み 村を走る鉄道は消えた

鉄道は残っても 村のシンボルだった駅は無人化された

その意味では 風太郎さんが撮影された時代は

地方の鉄道がまだ息づいていた最後の時代だった

 「旅のたまゆら 1981-1988」

鉄道が人々の生活に密着していた歴史の記憶として

多くのかたに見てもらいたい写真展だ

会場は 新宿エルタワー28階 ニコンサロンbis新宿

会期は8月29日(月)まで 10:30~18:30(最終日は15:00まで) 入場無料


ボクたちは どこかで大切なものをなくてしまったらしい





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テーマ:写真日記 - ジャンル:写真

  1. 2016/08/26(金) 15:45:18|
  2. 鉄道のある風景
  3. | コメント:1
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  1. 2016/08/27(土) 22:29:31 |
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