光と風のなかへ & 追憶の鉄路

追憶の鉄路 ハチロクの日






蒸気仲間の一部で盛り上がっている「ハチロクの日」
*大正生まれの蒸気機関車 8620 ぼくらは親しみをこめて「ハチロク」と呼んでいた

もっとも8月6日は「HIROSHIMAの日」なので記事はアップできないが

昨日も暑さに加え 採点地獄のまっただなかとあって すっかり忘れていた

このため 二日遅れての「ハチロクの日」

明日は「身の危険を感じるほどの暑さ」というから

せめて写真だけでも涼しさを感じさせる真冬の五能線



真冬の五能線



いまでこそ観光客に人気のリゾート路線だが むかしは訪れる人も少なかったローカル線

ましてや真冬の厳しさは北海道を越える

冷たい海風にあたりながら よくぞ列車を待てたものだと感心するが

怖いもの知らずの中学生だったからこそできた離れワザだったのだろう

それだけに もう少しましな機材と腕があればと惜しまれる



五能線 8620
1971年(昭和46)1月5日 撮影


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/08/08(火) 22:43:30|
  2. 追憶の鉄路 8620
  3. | コメント:4
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コメント

ハチロクの日

「蒸気仲間の一部」というのがいいですね。おっしゃる通りで、一部になってしまいました。
今年は、荒波の正月5日の五能線ですか。暮正月は稼ぎ時でしたが、よくも北国を目指したものです。
確かに、この頃の五能線は本当に鄙びたローカル線で、観光列車などとは縁遠い存在でした。
冬場は、しょっちゅう運休や遅延がありましたから、待ち構える身には厳しい路線でした。
今なら、「どこトレ」とかがありますが、あの時代はただひたすら待つしかありませんでした。
今の機材を持ってあの時代に戻りたいというのは、現役蒸気を少年時代に追った者が、誰もが抱く夢です。
そんな思いが、今またローカル線を巡る旅に出る理由のひとつになっているのかもしれません。
この写真は冬の五能線をダイレクトに感じられるなかなかいい作ですね。気象条件もすばらしい。
これで愚痴を言ったら罰が当たりますよ。今のテクノロジーで、全てを引き出すのみです。
  1. 2017/08/09(水) 17:05:19 |
  2. URL |
  3. こあらま #tq68X7KQ
  4. [ 編集 ]

一期一会

まさにその時与えられた条件でベストを尽くすのみ。現在の機材を持ってあの日に帰りたいのは山々なれど、それは妄想なのでしょう。
現役汽罐車の写真と 復活のそれを比較するのは無意味です。あの日にベストを尽くしたのであれば・・・。
  1. 2017/08/09(水) 22:08:42 |
  2. URL |
  3. マイオ@撮り鉄夏休み中 #pcU4xDNY
  4. [ 編集 ]

こあらまさんへ

こあらまさん、コメントありがとうございます (^^)

ハチロクの日。すっかり忘れていて、こあらまさんのブログを拝見して思い出しました(汗)。
みなさんのブログでは九州が多かったようなので、ここでは北のハチロクをアップしましたが、キューロクほど盛り上がらないのは、活躍した線区が限られ、しかもそれを撮影できた人も限られてしまうからでしょう。
このブログでも、まだ佐倉のハチロクなど未紹介の写真があるとはいえ、在庫も少なくなってきたので、あと何年続けられるか、わかりません。
そのときは、過去に紹介したハチロクを「今のテクノロジーで、全てを引き出」すほかないですね(^^)

それにしても五能線。当時を知るものとしては、21世紀まで存続し、しかも人気のリゾート路線に成長するとは、想像もできませんでした。
それだけ沿線の開発が遅れていて、自然が残されていた、ということなのでしょう。
あのころは、固有名詞すらわからない土地のお婆ちゃんたちの会話に、ここはどこだ、と強いカルチャーショックを覚えましたが、いまはどうなのでしょう。
津軽弁もだいぶわかりやすい言葉になったようですが、厳しい寒さに反比例するあたたかな土地柄は、かわらないでいてほしいものです。
いつかまた、ゆっくりと旅をしてみたい路線ですね。




  1. 2017/08/10(木) 00:23:20 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

マイオさん

マイオさん、コメントありがとうございます (^^)

おっしゃる通り、与えられた環境でベストを尽くすのみ、ですね。
とはいえ、あのころの機材は、ホントに安物機材で、露出計もなく、レンズも周辺減光の激しい安物レンズ、そのうえ技倆も未熟とあって、撮影には苦労しました。
いまふり返っても、ほとんどが露出オーバーぎみで、ネガの調子がいまひとつ。
高校生になって、ようやく新しいカメラ(キヤノンFT)を手に入れ、なんとか今も見られる写真を撮れるようになりましたが、もう少し早くこれを手に入れていたらと、残念でなりません。
それでも、土地の人々の生活を支えていた各地の蒸気たちに会えただけでも、幸せでした。
駅でも寝れたし、機関区は自由に入れたし、何より線路沿いにどこまでも歩いていけた。
良き時代でしたね。
  1. 2017/08/10(木) 00:37:04 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

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