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光と風のなかへ&追憶の鉄路

キューロクの日 49679






九州のキューロクはデフなしのカマが多かった

いかにも大正生まれの顔つきで

門デフとはまた違った美しさがあった

49679は1923年に川崎造船所兵庫工場で完成したカマで

戦前は名古屋局管内や上諏訪などに所属したようだが

1941年 直方転属後は北九州のカマとして活躍した

二段のランボードに2枚窓のキャブをもつが

キャブ下に点検用の窓が開けられているのが残念なところ

もっとも九州のキューロクは点検窓を開けたカマが多かった

煙室扉の上部には副灯受けが付けられているが

どういうわけかツノのように尖っている

さまざまなヴァリエーションをもつキューロクだが

一角獣のようなキューロクは本機ぐらいだろう

1974年12月 後藤寺機関区を最後に廃車となったので

この一枚は最期の勇姿をおさめた記録となった



49679 田川線



49679
田川線
油須原~崎山
1974年11月下旬

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  3. | コメント:2
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コメント

田川線のデフなし・門デフ

油須原の同じ鉄橋ですね。デフなしの方が、古豪といった感じで迫力があります。
この鉄橋の記憶が殆どないので、地図で探すと、油須原から結構近くです。
有名な長いガーター橋があったと思いますが、それ程遠くない、二つ先の橋梁のようです。
廃線になってしまうと、なかなか探せませんが、平成筑豊鉄道として残っていますから有り難いです。
この鉄橋の向こうに「源じいの森」という駅が、赤峠には「赤」という駅が、三セク化後に出来ています。
その2駅が当時あったら、撮影は楽だったでしょうね。ひょっとすると、油須原には降りなかったかもしれません。
田川線は74年12月の無煙化ぎりぎりまでキューロクが走っていたんですね。
  1. 2022/09/08(木) 00:37:28 |
  2. URL |
  3. こあらま #D7B/.i5k
  4. [ 編集 ]

こあらまさんへ

こあらまさん、コメントありがとうございます。

こあらまさんの写真と同じ場所での撮影ですが、縦位置か横位置かの違いで、雰囲気はだいぶ違ってきますね。
当時は蒸気の終焉が迫って、どこに行ってもたいへんな人だかりで、ほとほと嫌気がさしていたころでした。
それでも蒸気には会いたい。そんな思いから考え出したのが、中学、高校生がいない平日の撮影でした。
運良く自分は大学生! いまのように文科省の縛りもなく、出欠は本人次第。
ということで、大学の授業をサボって実行したのがこの山陰経由の九州行きでした。
思った通り、有名な路線でも、ほとんど撮影者がなく、ゆっくりと撮影が楽しめました。

ここは、ご指摘のように、油須原から2つ先の橋梁で、鉄道ファンなどにも何度か紹介されています。
それらの写真が縦位置狙いばかりだったので、この時はあえて広角、横位置狙いで撮影したようですが、本当のところは、草が多くて縦位置が狙いにくかっただけなのかもしれません。
平成筑豊になってから、源じいの森駅と赤駅が出来ましたが、あの頃にこれらの駅があれば、油須原駅には下車していなかったでしょうね。
ただ、いまとなってはもうこの位置から撮影することはできないでしょう。おおらかな時代で良かったです。

なお、田川線の蒸気最終列車は、この年の12月17日でしたから、まさに無煙化直前の撮影でした。
伊田・後藤寺も12月18日、山陰本線の下関口も11月30日でした。
このあたりも冬休みまで待てない理由だったのかもしれません。良い時期に大学に入学しました。

ちなみに、機関車データベースによると、49679は、10月19日付けで「第一種休車指定」と記載されていますが、この写真は周遊券の日にちから11月下旬か12月初頭です。
したがって、この記載は誤記か誤情報だと思います。
なお、この写真はトライXをマクロレンズで撮影して、シルキーピクスで現像したものです。
自分的にはこれで十分かな、と思っています。
  1. 2022/09/08(木) 23:41:43 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

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