光と風のなかへ & 追憶の鉄路

丸亀城 05 三之丸東石垣






三之丸へは高い櫓台の下を通る坂道を登ってはいる

絵図によれば櫓台の下には 屋根のない冠木門(かぶきもん)があった



丸亀城



いまは木々があってやや見通しが悪いが 敵兵は両側頭上から絶えず攻撃され

ここを突破するには かなりの死傷者を覚悟しなければならなかっただろう 

見上げるとそびえ立つ櫓台上部の石垣が真新しい

ここは1997年から2002年にかけて修理復元された場所となる

復元にあたっては岡山県の犬島の石材を使用したそうだが

花崗岩のなかでも硬く 徳川の大坂城桜門枡形にある巨石(蛸石)と同じ石材となる

その下の石垣もほとんどが修理して積み直したものとなる



丸亀城



坂道を登りきって ふり返ると 櫓台は海のほうに突き出すように築かれていることがわかる

ただ絵図によると 櫓台の上には建物は作らず ここは未完に終わってしまったようだ 



丸亀城



東側面は この櫓台の南にもうひとつ建物がない櫓台があり その南端に月見櫓があった

月見櫓のすぐ下にも石垣があり 二段になっている様子がよく見える



丸亀城




Panasonic GX8
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/03/07(火) 01:45:48|
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矢穴と勾配 丸亀城 04






各地の近世城郭を訪れると 石材に矢穴を残す石垣に出会う

矢穴とは 巨石を割るために使用する楔形の鉄製品=矢を入れるための穴のことだが

この穴 時代によって長さや深さ また形が微妙に違う



丸亀城 矢穴



中世は長く 1590年代は4寸 元禄以降(17世紀末)は3寸と

時代が下るなかで 少しずつ短くなっていく傾向が見られる

矢穴ひとつにも 時代の変化が読み取れるのだ



丸亀城 矢穴



そもそも石材を 切り出し 運び 積むといった一連の作業は

電動ドリルもクレーンもなかった時代 莫大な手間と時間がかかった

その最初の仕事が 矢穴をあける作業であり

一日作業量は 20個から30個ぐらいか

しかも 石の目に沿って打ち込まなければ 石は砕け散る

石垣の構築は かくもたいへんな仕事だったのだ

ましてや美しい勾配を作りだすことは至難の業



丸亀城



その技術や数値は機密事項とされ 乱数表と口伝のみで教授された

基本的には 設計図上の角度を基に 石を積上げていく方法や

少しずつずらして石材を積み上げて 罫書線に沿って削り整えていく方法などがあったが

丸亀城の石垣のなかには 罫書線はつけたものの なぜか削らなかった石垣もある



丸亀城



写真の搦手側(南側)の石垣もそのひとつだが 写真だとわかりにくいため

矢印を書き込んだが 斜めに線刻された罫書線 わかるだろうか



丸亀城 罫書線



ちなみに 丸亀城の石垣には刻印は少ないが 「田」と刻印したものもある



丸亀城 刻印「田」



城というと天守ばかり注目されるが 石垣を観察しながら歩けば

城の見学は もっと楽しくなるだろう




Panasonic GX8
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/03/06(月) 00:40:54|
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石垣の美 丸亀城 03






丸亀城と城下を描いた江戸時代の絵図は21点ほど残る

写真の絵図もそのひとつで 享和2年(1802)に写されたものとなる



丸亀城郭および城下町古図



下方中央に大手枡形があり 城へは矢印の順に登城する

まず大手の櫓門をはいると 前面にもうひとつの枡形があらわれる



丸亀城



ここを左に大きくまわりこむ形で登城するが

右に行けば白壁のある土橋を通って御殿に行ける

ここでは左にまわりこんで三之丸へと向かうが

ふりかえると今来た大手枡形の高麗門と櫓門が見える



丸亀城



それを背にして ほぼ直進する坂道を登る



丸亀城



右手には三之丸の北側の高石垣がならび立つ

敵兵ならば側面上からの絶え間ない攻撃に苦しむことになろう



丸亀城



その高石垣をまじかに観察するため 石垣の左方向へ進む見学ルートをはずれて

その手前で右にはいり 石垣直下の武者走りを歩く



丸亀城



このあたりの石垣は どれも20mを越す高さがあり 圧倒される



P1260831 0222



たまたまお会いした丸亀城の調査員Yさんの背と比べると

石垣の高さがよくわかるだろう(Yさん 上の写真の右端に写るが わかるかな)

この石垣は どれも寛永18年(1641)に城主となった山崎家治の時代に築かれたものだ



丸亀城



石垣の普請にあたっては 民間業者の入札によっておこなわれたことがわかっているが

5万石の大名には不似合いな立派な石垣である



丸亀城



しかも丸亀城では2種類ほどの石材を使用するが

隅角や目立つ場所には 割れ面が綺麗な塩飽諸島の広島の石材を使用したらしい



丸亀城



隅角は 長方形の角石を用いて 長い面と短い面を交互に組み合わせて積み上げる

算木積みの手法が取られ 超広角レンズで見上げると 石垣が迫ってくるようだ



P1260845-0222.gif



本来ならば この先もまわり込んで見学したかったのだが 工事中ということで行き止まり

このため ふたたびもと来た場所まで戻って 櫓台の下を通って三之丸へ向かう




Panasonic GX8
丸亀城
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/03/04(土) 21:31:18|
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丸亀城 02 大手門






内堀の北側 ほぼ中央に造られた大手門

手前の高麗門の両側は切り込みハギという高度な手法で石垣を積み

周囲の打ち込みハギと呼ばれる石垣の積み方とは異なる様相を見せる

登城するものに威厳を示す まさに見せるための石垣である




丸亀城 大手門




高麗門へは 堀の水位を調節するために設けられた土橋(どばし)を通ってはいるが

大雨のときに内堀の東側に水がたまらないように 水の落とし口が設けられている

この上にいまは石橋が架かるが もともとは木橋が設けられていた

いまも水量が増した堀の水は 向こう側に落ちて東端から北側の海に流れている





丸亀城 大手門





正面の高麗門(こうらいもん)をはいると 大きな枡形(ますがた)が作られ

正面に二個 左側に一個 大きな立石をはめこみ 見栄えをよくしている 




丸亀城 大手門




石垣の積み方は 石材を一段ずつ横に並べていく布積みだ




丸亀城 大手門




この大手門は 寛文10年(1670)頃 京極氏の時代に完成したもので

国の重要文化財に指定されているが 観光客はみなさん素通り

しかし もし城を攻めようとしたら この枡形に突入した瞬間

櫓門をはじめ三方から攻撃されて 屍が横たわることになろう




丸亀城 大手枡形


  

城を見学されるときは 攻める側 守る側にたって観察すれば 楽しみは倍増するはずだ




丸亀城 大手門




枡形のなかにはいったら 右に折れて大きな櫓門をくぐる

両脇に小門を設ける大型の櫓門だ

その上には枡形内を見下ろすように8つの窓を開く渡櫓がある

1枚目の写真には この櫓の城内側が写るが 窓がぐっと少なくなる点に注意してほしい

城内側は守る必要がないからで これはどこの城も共通する




丸亀城 大手櫓門




櫓のなかには太鼓が置かれ 城下に刻を知らせたことから 太鼓櫓とも呼ばれていた

いまも 櫓の内部に 太鼓が置かれている




丸亀城 大手櫓門




ここを見学してから 三之丸 二之丸をへて 本丸に登る





Panasonic GX8
LUMIX G VARIO 7-14mm/F4.0
香川県 丸亀城
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/03/01(水) 23:32:20|
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石垣の美 丸亀城 01






丸亀製麺とくらべると 知名度は落ちるかもしれないが

丸亀には 山全体を高い石垣で武装した城がある




丸亀城




地上から50mほどの山上には 小ぶりの天守が建ち 城下を見下ろす

四国に残る木造天守の中では最も古い 万治3(1660)年の完成だ




丸亀城 天守(三重櫓)




ここ最近 石垣を孕ませる木々を伐採したため

いままで以上に 石垣の城を楽しめるようになった 



丸亀城 大手門




Panasonic GX8
2017.2.22. 撮影


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  1. 2017/02/28(火) 23:44:37|
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